三浦春馬さん、大竹しのぶさんのこと


 三浦春馬さんを取材した事がありました。5年前の2015年、全国紙の演劇担当記者として、大竹しのぶさん主演の翻訳劇の舞台で共演した際のことです。米劇作家テネシー・ウィリアムスの「地獄のオルフェウス」(1957)という戯曲で、この作家の代表作で映画化もされた「欲望という名の電車」(1947)の系譜となるような作品でした。三浦さんは当時25歳で初のストレートプレーへの進出、しかも大女優との共演で緊張しつつも一生懸命、勉強したいという、前向きな姿勢の好青年という印象でした。井上芳雄さん、浦井健治さん、城田優さんといった若手の仲間の俳優たちからも同じように聞いていたので。やりきれない思いでいっぱいです。

 「地獄のオルフェウス」は米南部の街が舞台です。不幸な結婚生活を送る洋品雑貨店の女主人レイディ(大竹)のもとに、蛇革のジャケット姿でギターを抱えた青年ヴァル(三浦)がふらりと現れ、気になったレイディがヴァルを雇い入れます。2人は激しい恋に落ちてしまいますが、保守的で排他的な街の因習と暴力が影を落とすことになります。
「欲望という名の電車」に雰囲気はそっくりで、この映画(1951)で主演したヴィヴィアン・リー演じるブランチとマーロン・ブランド演じるスタンリーの関係とは、レイディとヴァルの関係は酷似しています。大竹さんは蜷川さん演出のこの作品の舞台で、主人公を演じてもいました。また「地獄のオルフェウス」をベースにした映画が米国で制作されており、主演はマーロン・ブランドでした。三浦さんは演じるにあたり、マーロン・ブランドをかなり研究したようです。

 映像やミュージカルを中心に活躍していた三浦さんにとっては一つのターニングポイントとなる舞台でした。インタビューでは「みんなを翻弄し、女性を惑わし男性を嫉妬に狂わせる、不思議な力を持った男だと最初は思いました。でも結局は、彼も一人の男ではないかという気がします。感情とせりふを練り合わせていく作業が、今はとても楽しい」と話していました。
大竹さんに学んだことも多かったといいます。「(大竹さんは)せりふとせりふの間の芝居がいつもあり、感情を引っぱってもらっている」と感謝。「年の差愛」の設定でしたが「大人っぽいと言われる僕ですが、大竹さんの前だと子供っぽく見えるらしい」と笑っていました。対する大竹さんは三浦さんを「毎日、進歩している。誠実で気を使わないで話せるし、『いい芝居を作りたい』という思いも一緒」と手放しで褒めていました。「三浦くんには舞台もっとやってほしいな」「声が掛かるのであればやりたい」とほほえみ合っていた様子が印象に残っています。

 東京・渋谷のシアターコクーンで2015年5月に上演されたこの舞台。もとは蜷川幸雄さんの演出で、大竹さんのデビュー40周年記念も兼ねて、三浦さんを共演相手とした部隊が予定されていたと聞いています。ベテラン女優に人気の若手新進俳優との組み合わせで蜷川さんの演出による化学反応を起こし、新機軸を打ち出そうとした企画だったはずです。ただ蜷川さんの体調不良で叶わず急きょ、英国の若手演出家を呼び作品を選びなおしたという経緯があったと聞きました。

 本番の舞台で、蛇革ジャケットにギターを抱えて登場した三浦さんの後ろ姿は、マーロン・ブランドのように見えました。大竹さんという大女優の胸を借りて恥ずかしくない演技をしようという気持ちが伝わってきました。ですがまだまだ若い、今後どう成長していくか楽しみ、といった印象でした。それが2017年、ドラァグ・クイーンを演じたミュージカル「キンキー・ブーツ」で読売演劇大賞の優秀男優賞と、新人向けの杉村春子賞を受賞。評価の高かったこの作品は2019年に再演され、同年には再びストレートプレーに挑戦、ドストエフスキーの「罪と罰」で主人公のラスコーリニコフを演じています。
 舞台は毎日が本番で「生」ですからごまかしが利きません。人気があっても、実力がなければ立てない舞台で着実に実績を重ねていた若手だけに、急逝は惜しまれてなりません。一部で指摘が出ているSNSでの誹謗中傷が理由なのだとすれば、演劇界に多かったはずの友人たちはなぜ救ってあげられなかったのか。SNSの闇とはどこまで深いのか。相次ぐ若手の自殺には社会全体で考えるべき課題があるような気がします。

【産経新聞2017年5月掲載記事】https://www.sankei.com/entertainments/news/150502/ent1505020008-n1.html



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