才能なんて幻想だった


私がなりたかった、ステージの上で自分の想う音楽を弾き拍手喝采を浴び堂々と笑うピアニスト。今ではもう叶わない夢。

才能があると思っていた。人よりもいくらかできるものだと思っていた。何も知らず自分の小さな世界で1位になって、勝手に期待していただけだった。まさに"井の中の蛙大海を知らず"である。

上には、上がいるものである。私はそれを知らなかった。

才能なんて幻想だった。私の小さな力の前では足元にも及ばない、上にいる人のドレスの裾すら見えない。


なりたい気持ちも、なりたいほど好きだった気持ちもこぼれて零れていつか分からなくなってしまった。

幻想の中にいるままで生きていられたらどんなに楽だったことか。

私たちはこうやって、夢を諦め、一般と言われる秀でたところも自らで見つけられない人間になっていくのだろうか。ああそうだとしたら、なんて残酷で柔らかな幻想だったのだろう。

今私を苦しめている幻想は、あの頃までの私を柔らかく優しく守ってくれていた。唯一無二な存在と錯覚させてくれた。解けてしまった時の絶望は感じた幸せの分だけ黒くなる。

私は一体、どこから、いつから、惑わされていたのだろうか。ああこれも幻想であったらいいのに。

本当は私には素晴らしい才能があって、それに気づかない幻想にかけられているだけだと、あなたは唯一無二なのだと誰か言って、抱きしめてほしい。

消えてしまいそうな夜に切にそう願う。おやすみなさい。