ラーメンと手話とビデオコール
ついつい見ちゃう
タイ語で手話はパーサームー(ภาษามือ)
パーサーが言語、ムーが手 を意味するのでそのまんまで覚えやすい単語である。
田舎もののわたし、人口の多いバンコクに来てから手話をしている人をよく見かけるようになった。
ジロジロ視線を送っては失礼と思いつつ、さりげなく観察してしまう。
だって手話って、なんだか美しいのだ。
つい見とれてしまう何かがあるのだ。
パン屋で買ったパンは外で食べる主義
先日のこと、わたしがバンコク在住の日本人におなじみのパン屋さんカスタードナカムラでカレーパンを購入し、自分が働いてもいないビジネスビルの中庭で食そうとしていたところ、お湯の入ったカップ麺を持った青年がセブンイレブンから出てきてわたしの前に座った。
服装(ポロシャツと首にID)からこのビルで働いていると思われる彼は、ラーメンのフタの上に箸を置いたあと、ケータイを専用のスタンドに設置した。
食事中にyoutubeでも見るのかと思ったらそうではなくて、彼はビデオコールで手話を始めた。
いいわけ
…だって仕方ないじゃないか…
パンというのは麺類や弁当なんかと違ってまっすぐ前を見て食すものなので、そしてわたしの視線の先に座ってきたのは彼の方なのだから。ということでわたしは遠慮なくモグモグ彼の観察を続けていた。
やっぱり手話はいいなあ
器用に動く手が面白いのはもちろん、相手に全身で集中している感じが尊い。
わたしが人と話す時なんて基本は何か作業しながらだったりTV見ながらだったりで、膝を突き合わせて相手の目を見て話すのなんて別れ話くらいじゃなかろうか。
いや、別れ話でさえコーヒーの水面でも見ながら話す。多分。
彼の表情もいい。何を話しているのかわからなくても、好ましい相手と楽しい話をしていることがわかる。
そういえば以前電車の中で激しくケンカしていたカップルの手話の手刀が危うく当たりそうになったことがあるが、無音なのに手と表情から怒りがビンビン伝わってくる大ゲンカはそれはそれで面白かった。
やっぱり手話は日常でお目にかかれるステキな人間の営みランキングの上位に君臨するわーなんて思っているうちに、3分はとっくに過ぎた。
言語がなんでもカップヌードル+電話は無理ゲー
3分が過ぎて以降、彼はフタの上に置いた箸を取ろうとしては、また置いて手話をして、また箸を取ろうとしては手話にもどってを何度も繰り返していた。
イライラしてる様子はなく、ニコニコとそれを繰り返していたので、よっぽど通話相手のことが好きなんだろう。
5分たっても一口も食べれてなかった。
パンを食べきったわたしはその場をあとにしたので、彼の麺がどこまでのびてしまったかは不明である。
以上、なんだかいいものを見たなあと思ったのでnoteに残してみた。
ところで手話は世界共通ではないらしいが、違う国の手話は全っ然通じないのだろうか?
世界中の手話がざっくりとでも分かり合えるようなら、すごすぎる能力だと思うんだけど。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?