夜道、パンプス、緑色の宝石

パンプスを脱いで片手に持ちながら、ストッキングで田舎の夜道を歩く夢を叶えてみた。やっぱりエモかった。エモいって言葉に対してとやかく言う人がいるけど、エモいって言葉が一番広い。言葉にならない言葉を表すのに、一番手頃で、わかりやすくて、ちょっとキャッチーで、ちょうどいい。面と向かって説明するとなんか重いし、恥ずかしいから。大切な瞬間ほど、人に渡したくないものでしょう。エモいって言えば、それとなく良かったことと、なんかコイツの胸に刺さったんだなってことが伝わって、なんかいい。小説には向かないかもしれないけれど、なんかいい、が伝わればいいときは最適解だと思っている。私がパンプスを脱いで歩いた夜を言葉にするなら、なんだろう。開放感かもしれないし、背徳感かもしれない。でも、本当はそんな難しい言葉じゃなくて、雨が降った日に傘を刺さずにずぶ濡れになって帰った日に似ている。やっぱり人間は、駄目だと言われていることをするのが一番楽しいのかもしれない。私は中学生の時に、どしゃ降りの雨の中を自転車で帰ったことがある。その瞬間と似ていた。あれもエモいって言葉で表せるかもしれない。でも、あのときはエモいって言葉より、もっと青春だった。青葉とか、新芽とか、そんな言葉をそばに置いておくのがちょうどいい。空が曇っていても、心は晴れていて、緑が露に濡れていて、髪の毛もベチャベチャで。あのときの私が一番かわいかった、かも。あのとき感じた匂いとか、あのとき感じた温度とかは何も覚えていないけど、とにかく雨が降っていた。眼鏡のレンズが、すぐに意味をなさなくなるくらいの雨が降っていた。あの瞬間だけは、今でも私のもので、人に話したり、書いたりしてもいいけれど、別に伝わらなくてもよろしい。伝わらなくても、私にとって価値がある。それだけでよろしい。伝わらないと意味がないよって言われることもあるけれど、もちろん形として表現するならそのとおりなんだけれど、人間はそれだけじゃないとも思う。私が何でもないあの瞬間を、こんなにも覚えていて、よかったなと思っていることが、全てだ。誰にもとやかく言われたくない。誰にも、触らせたくない。触らせなくても、あれはあれで、もう完成しているからだ。

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