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Day2:安定を求めるということ

さて昨日から始めてみました、「書く習慣1ヶ月チャレンジ」

思いのほかにいいねがたくさんついて、「このチャレンジってたくさんやってる人がいるんだな〜」とちょっと嬉しくなりました。

しかし、忘れてはいけません。
「三日坊主」という言葉を。

三日という最初の大きな壁があります。
そう言えば恋愛も「3がつく時に気を付けろ」とか言ったりしますよね
(付き合い始めて3ヶ月とか、3年とか)。
…いや、この話にはちょっと関係ないか。

さて、今日のお題は、「今やっている仕事、学んでいること」

わたしの仕事は、一言でいうならば、「お堅い仕事」です。
(多分なんとなくどのお仕事か察して頂けたかと思いますが…)

…とちょっと濁しましたが、なのでわたしは就職活動ではなく、試験勉強をメインでやっていました。
大学では文学を学んでいるのに、マクロ経済学や民法やら行政学やらを大学の授業が終わってから、夜間に開かれる対策講座を受講していました。確か19時から21時まで。
たまにサボったりしていたのも、今となっては懐かしいな。

この仕事は、正直、褒められたりすることってあんまりないと思います。
「やって当たり前」の仕事。
むしろ、ニュースなどでもそうですけど、叩かれたりすることの方が多いのかもしれません。

なんでこの仕事についたんだろう? 
と、ふと思い起こすと、多分、無意識のうちに、「安定であること」を求めていたのかなと思います。

この話は別に詳しく書きたいと思いますが、わたしはプロフィール欄にも記載していますが、東北出身です。
そして、高校生の時に、東日本大震災がありました。
わたしは海沿いのまちに暮らしていました。海からすぐ近くの家は、あの津波で流されてしまいました。
すごいんですよね。津波って。
震災から数日後に、やっと家の場所に戻れたとき、本来家が建っている場所には、家の土台(基礎っていうんですかね。ちょっと詳しくその辺わかりませんが)しかなくて、家は数百メートル離れたところに、180度回転して潰れていました。
もう唖然というか、人ってあまりに悲しみのゲージが振り切れると、涙も出ないんだ、って思った気がします。

自分の周りでも亡くなった人がたくさんいて。
家も仕事もなくなった人もたくさんいて。

そういう状況にいたせいか、なんだろうな。
「安定」であるべき、というのを、いつの間にか刷り込まれてしまっていたような気がします
こんな状況なのに、非現実的なことを考えちゃいけない、ちゃんと安定した日常を送らなきゃ、と。

だからたまに、「震災がなかったら自分はどうなっていたのかな」と思ったりします。特に3.11が近づくにつれて。

でも、なんとなくだけれど、震災がなくてもこの仕事についているような気もします。なんとなく。わからないけど。

あれから10年。3月で11年が経とうとしていますね。
お正月に帰省した時、実家があった場所に久しぶりに行ったら、そこには、大きな防潮堤が建っていました。

だから、自分の家の跡地に行って、思い出すことさえ出来ません。
小さい頃の、きっと親にとって一番可愛かった頃のアルバムも、卒業文集も、何もかも津波に流されて残っていません。
思い出を残すものがないっていうのは、結構きついです。
自分の記憶が頼りだから。でも、その記憶だって、この10年でだいぶ薄れてきました。

ここに何があったっけ? とか。
あのお店ってどこにあったっけ? とか。

数十年暮らした街なのに、意外と人って覚えられないんですよね。
いつか、自分が今覚えている思い出を忘れてしまうのかもしれませんね。悲しいけれど。

なんか仕事の話をしていたのに、脱線して自分の昔話になっちゃいましたね。
でも、こうやって些細なことを書いて、インターネットにあげれば、誰かが覚えていてくれるのかもしれない。そう思うと、いい世の中になったのかな(もちろん全てがいいことじゃないけど)。書くって、そういう力もあるのかもしれない。

なんだかしんみりしてしまいました。
意外と書き始めると書けるものですね。

さて、今日はこんなところで。
明日も頑張って三日坊主を乗り越えられますように。



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