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書評:シラー『ヴァレンシュタイン』

ドイツ文学から東西の肯定観を考える

今回ご紹介するのは、ドイツ文学よりシラー『ヴァレンシュタイン』。

ヴァレンシュタインは世界史の教科書にも出てくる実在の人物である。1618年〜1648年の三十年戦争の英雄として、「スウェーデン王グスタフ・アドルフと傭兵隊長ヴァレンシュタインの激烈な戦闘があった」というような形で紹介される。

余談だが、初めて知った時は「傭兵で名を残すってどんだけ〜」とIKKO先取りの驚きであった(実際には彼自身は公爵の地位を持つ人物)。当時は傭兵という職業の知識が皆無であったが、その後次第に現代における傭兵の存在や活躍、プロフェッショナリズムを知るようになり、次第にヴァレンシュタインに対する想像力も養われていったように思う。

しかし近年、テレビだったかネットだったか、元傭兵という肩書きを持つテレンス・リーなる人物を知ることがあった。小太りで常にグラサンの出立ち、都市伝説を語る胡散臭さ、有吉弘行による彼へのディスり、更には公職選挙法違反で逮捕されちゃうなど、全てが愛らしく、すっかりハマってしまった。おかげでまた傭兵に対するイメージが揺さぶられてしまっている今日この頃である。

さて、長編戯曲シラー『ヴァレンシュタイン』について。

神聖ローマ帝国皇帝への忠義と猜疑に揺れるヴァレンシュタインが、周囲の様々な思惑・策謀に振り回され、皇帝を裏切る道を進まざるを得なくなり、遂には皇帝側に暗殺されるというストーリー。英雄ですら周囲の激流に抗い得なかった悲劇の物語だと言えるだろう。

作品自体面白く、戯曲としても当時から人気の衰えを知らない名作であるが、今回は論点を変え、「皇帝観」について考えてみたい。

以前投稿したシラー『群盗』から、中国で生まれ日本でも人気が高く様々な作家が各々のイメージを込めて小説にする『水滸伝』のことを思い出した。『水滸伝』は「梁山泊」という山賊団が登場する物語で、賊で連想したといったところだろうか。

『ヴァレンシュタイン』に描かれる皇帝は、決して神的ではなく権力を握った「人間」の頂点という存在。皇帝もヴァレンシュタインに対する信頼と猜疑の狭間で迷うという形で人間的な描かれ方をしている。皇帝ですら、周囲の思惑や策謀の流れに抗い得ずヴァレンシュタインを処罰するしかなかった、という印象を受ける。

ここで、皇帝も人間的な存在として「シラーに描かれた」という点に注目したい。

少なくともシラーが生きた時代と地域では、皇帝を人間的に描くことが許容される文化だったという仮説を立てられそうだ。

対して『水滸伝』に描かれた中国宋時代の世界観はどうか。この世界で悪徳権力者として登場するのは高俅という政府高官である。皇帝ではない。更に、梁山泊は世直しの活躍を見せた後、高俅に抱えられ官軍として歩むというストーリーが展開される。

シラーとは全く時代も異なりますが、『水滸伝』には中国文学が権力を描く際のお約束事として、最高権力をアンタッチャブルな畏敬の対象として捉える文化的傾向があるのではないか、そんな仮説が立てられるのではないかと思った。

この差はどこから生まれてくるのか。そんなことを考えてみたくなった。

中世以降のヨーロッパでは、世俗的権力と宗教的権威は別物であり、担い手が異なる。言うまでもなく宗教的権威の担い手はカトリック総本山ローマ(現在のバチカン)であり、教皇だ。皇帝はその教皇から戴冠される、即ち権威を授かる立場である。

実態の力関係は時により変遷するが、建て付け上はあくまで教皇が上位、皇帝が下位の権威である。このことが、皇帝を人間らしく生々しく描く文学を許容する文化的風土をヨーロッパにもたらしたのではないかと予想してみた。

対して中国では伝統的に、世俗的権力が祭事も取り仕切るなど皇帝が宗教的権威をも同時に帯びた存在とされてきた。このことが、中国文学における皇帝の取り扱いに影響を与えているのではないか。そうした仮説のもとこれから中国文学に触れていければ楽しみが一つ増えそうだ。

ところで、仮に上記の仮説の信頼性がある程度確かめられたなら、更に一般化し、政教分離型国家と政教一致型国家それぞれに対し、政治的判断や国民の掌握力、国民による権力支持などを巡る様々な仮説と検証が行えるのではないかと思う。

特に現代における政教一致型国家の今後の行動に対する予測可能性や国際交渉の有効性が高まったりなど、これからの未来に向けた国際政治上の取り組みがより科学的になることに寄与するのではないかと思わずにはいられない。

文学と社会科学の連携・協力関係を感じること。私の力量では空想するに留まるが、私の読書の楽しみはそんなところにもあったりする。

読了難易度:★★★☆☆(←長編かつ戯曲なので)
歴史の知識必要度:★☆☆☆☆(←ほぼ不要)
電車とかで読んでたらカッコいい度:★★★★☆(←私のめちゃ主観)
トータルオススメ度:★★★☆☆

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