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書評:ゾラ『ナナ』

19世紀中葉のフランス下層社会における蠱惑的な娼婦の物語

今回ご紹介するのは、フランス文学よりゾラ『ナナ』。

本作は同じくゾラの『居酒屋』に劣らぬ、誠に衝撃的で読み応えのある作品であった。正直絶句である。それでも多少なりとも感想を書いてみたい。

主人公ナナは、生まれは卑しいがあらゆる男を虜にする美貌を備えた女性である(ナナの幼少期は『居酒屋』にて多少描かれている)。その美貌をもって、近づく男をすべて飲みつくし、破滅に追いやっていく。そして最終的には、周囲を滅ぼしつくした揚句の果てに、自身も蝕まれるようにして滅んでいくのだ。

娼婦とそれを取り巻く環境を悲劇的に描いた作品である。

しかし作品としての彼女の魅力は、才女ではなく無邪気であることにあるだろう。

無邪気・無垢で奔放な様が悪徳へと通じる。そしてこの悪徳には蠱惑的な魔力のようなものが秘められている。ここには人間の業のようなものを感じずにはいられなかった。私自身、恐ろしいことこの悪徳の魅力に引き寄せられてしまった。

また、本作は俯瞰的に見れば、19世紀フランスの上流階級と下層階級の接合点を描いた作品と見ることもできるだろう。

19世紀中葉、ますますその存在感を高める下層階級ではあるが、依然として階級的差別は色濃い。そんな交わりがたい2つの階級が、色恋沙汰(それも多分に不謹慎な形の)を通じて交わる。これが全ての形ではないにせよ、一つの典型的な階級交錯の形だったのではないだろうか。

そして、破滅するのは往々にしてお金にものを言わせる上流階級である。色香を武器にした女性による、上流階級への復讐劇として見ることもできるかもしれない。

しかし、個人的には、ゾラはそうした時代的なテーマを取り扱ったというよりは、あくまで「人間」というものに注目した作家であるように思う。特に人間の「弱さ」を徹底的に描ききった点が優れた点であろう。

破滅しゆく殿方は言わずもがな、ナナもやはり内面的には弱き人間なのだ。

ナナは私の中で、ドストエフスキー『白痴』のナスターシャ・フィリポヴナに次いで印象に残る女性となることだろう。

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以下は雑談。

小説のストーリーとは別に、登場人物に魅力や嫌悪感を抱くことがあるかと思う。

私KING王は男なので、作中の女性を常に穴の空く程のエロ目線で観察する習慣がある。そして人物像を捉えた上で、その女性との恋を妄想するのだ。

フランス文学だと、フロベール『ボヴァリー夫人』とゾラ『ナナ』辺りとの恋愛経験(妄想ね)が懐かしい。

『ボヴァリー夫人』のエマは、恐らく中二病気質で、「自分のことを実際以上に価値のある人間」と履き違えていそう。「私はこんなに魅力的な人間なのに、何故こんなに不幸なの!?」という苦しみ方をしている。こうした考え方は、他者や周囲、環境を責める他責感へとつながり易い。

私も「世界ランカークラスの中二病」なので、エマに共感する部分も多々なのであるが、殊こうした人間同士が恋愛(妄想ね)をすると、非常に後味の悪いものになる。

互いに相手に求めてばかりだから、各々の成長がなく、関係性も向上していかない。夏目漱石が『道草』で描いた夫婦仲そのものだ。

結果エマとは、互いに罵倒し合いながら喧嘩別れをしてしまった(妄想ね)。

他方、『ナナ』である。

この人、たぶん天然(笑)。

相手(男性)を騙したり嵌めたりしようとは全く思っておらず、瞬間瞬間の「好き」という感情や「楽しみたい」という欲求に素直で、そんな天真爛漫さが多くの男性を魅了してしまう。

「魔性の女」という言葉があるが、私の理解では、悪意を常に秘めた悪女よりも、こうした無邪気系の方が男性をほだしてしまう魔性を持つことが多い気がする。

「ズルい女」とも言えそうだと思う。

私のような「精神的万年さくらんボーイ」は、「天真爛漫なズル子ちゃんにほだされてみたい!」的な遊ばれたい願望がある。単に快楽に身を委ねてみたい!だけであるが。勇気ないけど。

自分のことなので悪く言わず、古代ギリシアの禁欲主義「ゼノンのストア派」に対抗する位置にあった、快楽主義「エピクロスのエピクロス派」に倣い、「エピりたい願望」とでも言い換えておこう。単なる快楽願望も、古代ギリシア思想の系譜につながっているかのようなフリをすることで、「俺、割と高尚でしょ?」的に自己顕示できるという逆転の発想である。誰から見てもただのアホであるが・・。

それにしても、ゾラにはあくまで人間の「弱さ」を徹底的に描き切った点に高い芸術性を感じる。破滅しゆく殿方のみならず、ナナもやはり内面は弱き人間なのだ。

そういう意味では本作には、一見無敵の「ズル子ちゃん系魔性の女」の弱点を見ることができるのかもしれない。

読了難易度:★★☆☆☆(←読みやすいけど700ページ程のボリューム)
主人公ズル子度:★★★★☆(←ほぼ満点ですが最後は不幸)
妄想充足度:★★☆☆☆(←私が世界ランカークラスの中二病だからこそ妄想できたと自負)
トータルオススメ度:★★★★☆

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