見出し画像

状況ターゲティングの時代に備える 前編

全てがデジタルに内包されるアフターデジタルの世界において、企業は新たな顧客体験を実現させるべくDXを推進しています。その中においては、マーケティングにも新たな進化が求められます。その一つの解答が「状況ターゲティング」かもしれません。


状況ターゲティングとは何か?

状況ターゲティングとは、アフターデジタルの著者「 藤井保文」さんが、その著書の中において、全てがデジタルに内包される世界においては、「企業競争の焦点が製品による価値提供から体験全体での価値提供へと変化する」事を背景とし、ユーザーの状況を捉えた上で、より顧客に寄り添ったコミュニケーションが必要である、との文脈から語られた言葉です。

その前提となる、そもそも「マーケティングとは何か?」については、こちらの記事で書いておりますので、合わせて参照頂ければ幸いです。


IOTによるセンシング技術、5Gによるデータ高速化、AIによる予測精度の向上等により、企業はこれまでと比べ物にならない程に、ユーザーの情報を捉え、体験としてユーザーに直接繋がる事が可能になります。

そして、ユーザーにとってもデジタルが空気のように、常に自分を取り巻く環境においては、デジタルを通じ、より高い体験価値提供してくれる企業を選択するようになります。「ユーザーのどのような状況をターゲットにして、どのような良い体験を提供するのか」が、企業戦略において決定的になる、と藤井氏はその著書の中で指摘しています。

状況とは何か?

状況ターゲティングにおける「状況」とは、そもそも何でしょうか?これを理解する為に助けになる理論が、故クレイトン・M・クリステンセン氏の「ジョブ理論」です。

ジョブ理論とは一言で言えば「人が商品・サービスを採用する行為の背後にあるメカニズムを明らかにする理論」であり、ニーズ発生の源泉を「ジョブ」、ジョブを解決する為に製品やサービスを採用する行為を「雇用」、そして顧客の置かれた「状況」により、雇う製品やサービスは左右されると述べています。

顧客(個人や企業)の生活にはさまざまな「用事」がしょっちゅう発生し、彼らはとにかくそれを片づけなくてはならない。顧客は用事を片づけなくてはならないことに気付くと、その用事を片づけるために「雇える」製品やサービスがないものかと探し回る。(『イノベーションへの解』より)

すなわち「広義」の意味における「状況を捉える」という事は、このジョブ理論で語られるところの、「どのようなシチュエーションにおいて、顧客にどのような課題(用事)が発生するのか」を捉える事と同義であり、「状況をターゲティング」するというのは、「顧客」では無く、この「ジョブ」そのものにフォーカスするという事になります。

状況ターゲティング = ジョブにターゲティングする事

ジョブ理論の具体例

中々に捉えどころの難しいジョブ理論ですが、クリスセンテンス氏はその著書の冒頭で、その具体的な事例を挙げてくれています。ジョブ理論の話をする際には必ず出てくる、有名な逸話の為、ご存知の方も多いかと思いますが、ややわかりやすく加工して、以下に掲載いたします。

昔々、あるところに、ファストフード企業で「ミルクシェイクの売上を拡大したい」という企業があったそうな。
その企業は、ミルクシェイクのニーズを調査するために市場調査を実施。購入者属性を整理して、セグメント化して地域別に販売するも、やはり売り上げはいまいち。
次にアンケート調査を実施し、「安い」や「美味しい」などの結果が多かったので、「味」や「値段」「量」を指標にミルクシェイクの改良を行い、がんばりましたが、それでも売れ行きは変わりません。

そこでジョブ理論を使って、購入者の動向を観察してインタビューを実施。その結果、驚くべき事実が・・・

・平日の朝の購買層は、「朝の車での通勤の際」に「車内での退屈しのぎ」と「その際に腹持ちの良い、手が汚れない間食」としてミルクシェイクを雇っているよー。

・休日の購買層は、「子供と遊びに行った帰り」に「子どもを喜ばせる(優しい父親と思われる)ため」にミルクシェイクを雇っているよー。

いずれも、「あれ?ミルクシェイクってこんな、おっさん達が好んで飲むものだっけ?」という顧客属性です。企業が全く想定もしていなかった「消費のメカニズム」がその購入の背景にはありました。
そして、この結果を元に、「腹持ちが良いミルクシェイク」とか、諸々、頑張ったら売上爆増しましたとさ。めでたしめでたし。

この話の中で重要なのが、「朝の車での通勤の際に」といった「シチュエーション」と、その際に発生する「課題」である「退屈」や「腹持ちさせたい」といった事の両方が含まれている点です。この組み合わせが「ジョブ」であり、そのジョブを満たす「最適なソリューション」として顧客は、コーヒーでも、バナナでも無く、「ミルクシェーク」を雇用したという事です。

すなわち「状況ターゲティング」とは、これらの「ジョブ」を発見し、そのジョブが発生する「タイミング」に、ジョブを解決するベストなソリューションを「提供」する手法という事になります。

ただ、これらの「ジョブ」は、多くの場合、顧客も認識していない「潜在的なニーズ」である事が多く、ミルクシェーキの例で言えば、このジョブを持つ顧客は、わざわざGoogleで「朝 車の通勤 退屈しのぎ」のようなワードで検索を行ってはくれません。

調査者からヒアリングされて初めて、「あ、そういえば、俺、こういう理由でミルクシェーキ飲んでたな」という風に、言語化される、顕在化される事がほとんどです。

状況ターゲティングの課題

クリスセンテンス氏も述べているように、顧客は「その生活にはさまざまな「用事」がしょっちゅう発生し、彼らはとにかくそれを片づけなくてはならない。」状態にあります。

これらの用事(ジョブ)に、先回りして気づき、顧客にそっと手を差し伸べる事ができれば、その企業と顧客とのエンゲージメントは飛躍的に高まると思われます。

しかし最大の課題が、「顧客に、いつ、どのようなジョブが発生するのか」を把握する事が非常に難しいという点です。ジョブの発生を検知する為には、顧客の「状況」を常にモニタリングしなければなりません。

アフターデジタル化していく世界の中では、技術的には、これらのモニタリングは可能になってきますが、重要なのは、そのモニタリングが「監視」では無く、あくまでも顧客に寄り添い、顧客にとって気持ちの良い状態である必要がなければならないという点です。

この極めて難易度の高い取り組みを、実現させた顕著な例が、有名な「平安保険」の「グッドドクター」でしょう。

グッドドクターの実現した状況ターゲティング

グッドドクターは中国の平安保険が提供する、無料のアプリサービスであり、ユーザーはアプリを通じて、症状をチャットやテレビ電話で医師に伝える。診断後に診断書がオンラインで届き、病院での治療が必要ならそのまま予約へ。投薬で治りそうなら処方箋が発行され、薬の配達までを行ってくれる。もちろんその背後にはAIが動いており、診断精度やUXを向上させ続けている。

さらに歩数をカウントし、その歩数に応じてポイントが付与される機能も用意されています。平安保険はこのアプリを通じて、ユーザーと常につながる接点を持てるだけでなく、検索や利用履歴からユーザーが健康について、どのような悩みや不安を抱えているかをモニタリングします。

そしてセールスマンを通じて、顧客に発生した「ジョブ」をまさに「先回り」して気づき、時にはアドバイスを、そして時にはセールス提案に繋げる活動を行っています。

グッドドクターの利用者数は3億人以上、そして1日の診察件数は37万件を超えると言われています。もはや、中国の方には無くてはならない「社会インフラ」となりつつあり、2018年に世界の保険会社の時価総額で1位となっています。

まさに理想的な「状況ターゲティング」の実現です。

状況ターゲティングの実践

では具体的に企業はどのようにして状況ターゲティングに取り組んでいけばよいのでしょう?自分は状況ターゲティングの実践においては、2つの手法があると考えています。

1つは「広義」の状況ターゲティングです。

これは「グッドドクター」の例にあるように、ある特定の分野をターゲットとし、顧客の状況を寄り添う形でモニタリングする手法を開発し、顧客のジョブを先回りして予見して手を差し伸べるような取り組みになります。

自動車におけるモニタリングサービス、DOCOMOが米国で実証実験を始めた、冷蔵庫のモニタリングサービスといった取り組みがそれにあたると思われます。

ポイントとなってくるのが、これらのサービスを有償で提供し、それ単体で事業化する方向以上に、平安保険の例のように、サービスそのものは無料で提供され、そこで得られたデータを用い、本業に繋げていく。そういった形での状況ターゲティングの方が、より大きな経済インパクトに繋がりやすいという点です。

これには、まさにデジタルトランスフォーメーションで指摘されているように、企業のビジネスモデルそのものの大幅な見直しが必要であり、かなりハードルが高い物になる事が予想されます。

2つ目が狭義の状況ターゲティングです。

これは、顧客から得られる定量データと、定性的な観察を組み合わせる事で、顧客の持つピンポイントの「ジョブ」を発見し、それにフォーカスして、新規製品やサービスの創造を行う、または、既存製品やサービスのチューニングを行うという手法です。

特に、既存製品やサービスのチューニングについては、投資リスクが低く、かつ、現在の活動の延長戦上としてPDCAの中に組み入れられる為、活用の機会が多くなるのではないかと考えられます。

デジタルトランスフォーメーションというよりは、アフターデジタル化していく世界の中における、マーケティングのレベルアップと言えるかもしれません。

スクリーンショット 2020-02-06 8.50.09

狭義の状況ターゲティング

狭義の状況ターゲティングにおける、既存製品・サービスのチューニングにおいては、、前提として、4P(プロダクト、価格、チャネル、プロモーション)全体のチューニングを行う事なります。

上記のミルクシェーキの例で言えば、「朝の通勤中に手持ち無沙汰なので、腹持ちがよく、暇つぶしになるので、ミルクシェーキを雇用している」というジョブの発見がまず前提となります。

では具体的にどのようにして「ジョブ」を発見するのか、そして発見した「ジョブ」に対して、どのようにチューニングを行っていくのか、それにつきましては、かなり記事が長くなってきましたので「後編」でお話したいと思います。

もしよければマガジンへのご登録をお願いします!

マーケティング関連で書いた記事を20記事くらい纏めてますので、もしご興味ありましたら登録してもらえると嬉しいです。

なお、いまのところ、一番の人気記事はコチラとなっております。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?