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事実がどうかではなく解釈をどうするか


あの時こうしておけば良かった、とか
もっとこうだったら、とか

そういった捨て台詞を腐るほど吐いてきた。


その言葉が含む後悔が
毎日毎日苦しかった。

でもそんなことを考えたって結果は変わらない。
出てきた数字が変化する訳じゃなく、
願望が現実になることはない。

もうほぼ人類共通認識で過去は変えられない。

過去が変えられないけど未来は変えられる、的な聞きなれたセリフを吐きたいわけじゃない。

過去に起きた事実はかわらないけど、
それに対する解釈は変えられるということだ。


今起きている事実はかわらない、
ならそれをどう解釈するかで事実に対する意味づけが変わってくる。


解釈をかえることで
嫌な記憶が思い出の中で静かになる。


僕は起きてしまった事実の解釈をかえて
楽になってきた。


どうしても思い出す度後悔してしまうことがあった

理不尽で自分勝手な先輩に、
理不尽な怒られ方をした同期がいた。


先輩達が5人くらい寄って集って同期に詰め寄っていた。


それは理不尽だ。
この一言がどうしても言えなかった。

僕は弱かった。
同期の友達のために手をさしのべられなかった。


結局同期は部活から去ってしまった。

大学の部活動での話だ。


あの時、手をさしのべられなかったことが
僕の心の中でずっと後悔としてこべり着いている。


ただ僕はその後悔の解釈を変えた。
この後悔が僕をかき立て、知識を欲する力、頭を鍛えるモチベーションをくれた。


だから今は自信を持って
当時の先輩達は間違っていたと、断言出来る。


起きてしまった事実をどう解釈するかが大切だ。


解釈が思考を変え、
後悔を思い出にかえた。


そして僕は当時、手をさしのべられなかったことを友達に謝ることが出来た。


友達は笑顔で許してくれて
先輩の悪口というツマミでお酒を飲んだ。


起きた事実に対して解釈を変えることは大切だ、
時間はかかるかもしれない。



でも変えれたらその苦しみ、無くなるかもね。





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