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【経済のモノサシ】 飯田泰之 「財政・金融政策の転換点」 2023 (4) 財政による経済政策の可能性

すべての金融資産は誰かの負債だ

 私がA氏に100万円を借りる。私はA氏に100万円の負債を負い、A氏は私に100万円の債権という金融資産を保有する。このように金融資産とは常に誰かの負債であり誰かの債権だ。借用証と交換で得た現金100万円も金融資産であり、私が保有する債権のはずだが、ではそれは誰の負債なのか?

現金は統合政府(通貨発行者)の負債だ

 日本の経済活動全体を民間と統合政府に分けて考える。統合政府とは政府と日銀をあわせたものだ。(1)民間は納税義務を了解している、(2)納税の唯一の手段を統合政府発行の通貨とする。この前提のもとに、政府は通貨を発行し、行政に必要な調達や支給を行う。つまり通貨は民間役務に対する借用証だ。借用証である通貨が無記名で流通するのは、最終的に納税義務という民間側債務の解消に使える唯一の手段だからだ。通貨の最終的債務者は政府だから記名する必要がない(※ というか、紙幣には日本銀行券と記名されてもいる・・)。

日銀当座預金も統合政府の負債だ

 銀行の貸出は銀行にとっては資産であり、借用者にとっては負債となる。逆に銀行の預金は、預金者にとっては銀行への貸出だから資産となり、銀行にとって負債となる。これを日銀と民間銀行の関係に当てはめると、日銀当座預金は日銀にとっての負債であり、民間銀行の資産となる。先の分類に従えば、日銀当座預金は統合政府の負債だ。

 現金と日銀当座預金をあわせてマネタリーベースと呼ぶ。マネタリーベースは統合政府の負債だ。国債も政府の負債だから、マネタリーベース(現金と日銀当座預金)、国債はすべて統合政府の負債だ

  その年の財政赤字は統合政府負債の増加となる。負債は国債かマネタリーベースの増加という形しかとりようがない。

  • 財政赤字 = 民間保有国債増加 + マネタリーベース増加

 この式は財政と金融政策の具体的連結関係を召している。財政が左辺を決め、金融政策が右辺の分解とバランスを決める。たとえば、日銀が通貨発行するとマネタリーベースが純増する。売りオペでは、マネタリーベースが減少し、民間保有国債が増加する。買いオペでは逆になる。
 このように、財政と金融政策は独立ではないから、両辺を勘案した統合政策の視点が必要になる。

 ※ ネットで検索すると、最近(2024年前半)の統合政府債務の規模感は、民間保有国債500兆円、マネタリーベース650兆円くらいのようです。

FTPL(FIscal Theory of Price Level、物価の財政理論)

 どちらも統合政府の負債だが、利子が大幅に異なる。現金は無利子、日銀当座預金にはわずかな利子を付ける場合もあるが、国債にくらべれば微々たるものだ。財政支出をマネタリーベースの増額で行えば、国債発行に比べて金利の分だけ統合政府は得をし続ける。これを貨幣発行益と呼ぶ。

 ある年の貨幣発行益 = 名目利子率 ✕ マネタリーベース残高

 マネタリーベース増加は貨幣発行益を生むので物価に影響する。その連環を示したのがFTPLだ。財政赤字の一部を通貨発行で補うと、統合政府のBS上の変化は、

  • 来年の統合政府債務 = 今年の統合政府債務 + 財政赤字 ー 貨幣発行益

これを毎年の物価上昇率で割引き、金利で割引いて(つまり、実質・現在価値に換算して)無期限先まで足すと、無期限先の統合債務残高を求めることができる。

 N年後の債務残高の現在価値は(1+金利)のN乗で割って求められる。「債務増加率<金利」ならば、X➡∞での現在価値はゼロになる。

  • 0 = 今年の統合政府債務(実質) + 無限期先までの財政赤字累計(実質・現在価値) ー 無限期先までの貨幣発行益累計(実質・現在価値)

となる。

  • 今年の統合政府債務(実質) = 現在の統合政務債務 ÷ 現在の物価

だから、これを代入して左辺に入れ替える。 ※ ここで急に「現在の物価」が出てくるので混乱するのですが、多分「物価 = 1 + 現在の物価上昇率」のことではないでしょうか・・?

  • 現在の統合政務債務 ÷ 現在の物価 = ー 将来財政赤字の実質現在価値 + 将来貨幣発行益の実質現在価値

  • 将来貨幣発行益の実質現在価値は、金利で割引計算して累計するので、その結果は将来マネタリーベース増加額の実質現在価値と一致する。

  • (ー 将来財政赤字)を(+ 将来財政黒字)と読み替える。

項を入れ替えると、FTPLによる物価決定式にたどり着く。

  • 現在の物価 = 現在の統合政府債務 ÷ (将来財政黒字の実質現在価値 + 将来マネタリーベース増加額の実質現在価値)

 つまり、将来財政黒字を縮小または赤字にもっていけば、物価は上昇する。ただし、「債務増加率<金利」の制約を守って、ゆっくりと行う必要がある。さもないと、将来の統合政府債務が発散する。逆に言うと、発散しない限り、ゼロにする必要はないということでもある。

 また、将来財政と将来マネタリーベースは物価に等価な影響を与える。つまり財政政策と金融政策は物価に等価な影響を与えることができる。

 FTPLの関係式は以前から知られていたが、2016年にシムズが財政を用いたデフレ脱却策として言及し、注目が集まった。日本では、金融政策が行き詰まりを見せ始めたタイミングでもあったので、財政回帰の論調を後押ししている。

 しかし、経済政策の主軸を財政に移すにしても、財政の維持可能性の範囲内であることを忘れてはいけない。どのような政策をとるにしても、この問題に戻ってくる。

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