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ケチな定食屋【短編小説】
ケチな定食屋の話を聞いてくれないか。
ボクは都内の学校に通う女子高生。あんまり学校の空気に馴染めないから、基本的に一人で学園生活を過ごしている。所謂ボッチというやつだ。
学校終わりにバイトをして、休日の昼には一人で都内をぶらぶらする。
それがボクの日常で、そんな日常がボクは好きだ。
そして、そんな日常が続いたある休日の昼下がりのこと。
いつも通り都内をぶらぶらしていたらお腹が空いたので、お昼ご飯を食べることにした。
ボクはいつも家でご飯を食べるからこの辺のご飯屋には疎かったけど、まぁ適当に歩いていけば何かあるだろうとポジティブに考え、飯屋を探すことにした。
都内には色々なご飯屋が有る。
和食や洋食、中華にジャンクフードとなんでもござれだ。
でも、なんだか今日はそういうのを食べたい気分でも無い。
何かいい所は無いものか?と思い歩いていると、一軒の定食屋が目に入った。少し寂れた裏通りにポツリと一軒、定食屋が建っている。こんなところに客が来るのだろうか?
ボクは疑問に思うと同時にその定食屋が酷く気になってしまった。気になってしまっては仕方ないので、ボクはその定食屋に入ってみることにした。
ガララ...
えらく建付けの悪い引き戸を開け、暖簾を潜る。
目の前に広がった光景はカウンターやテーブル席が何個かあり、特に小汚いわけでも無く、なんとも
『普通』という言葉が似あう定食屋であった。
しかし、客が誰一人として居ないではないか。やはり立地の問題だろうか?それともまた別の理由が?
そんなことを考えていると、厨房から人がやってきた。
「いらっしゃい。」
そう声を掛けて来たのは女性だった。しかもボクより年上だろう美人な人だ。てっきり頑固なオヤジが出てくるものだと思っていたから、ボクは少し面食らった。
「お一人様ですか?」
そう聞かれて、ボクは「はい」と小さく会釈しながら答えた。
彼女は「こちらへどうぞ」と俺を席へ案内する。
席に着くと彼女は水を持ってきた。小さめコップの半分くらいしか水が入っていない。
少し少なくないか...?とも思ったけどまぁそんなことで文句を言うのは変なクレーマーと同じだ。とりあえず水は置いておいて、僕はメニューを見た。
何々...?『野菜炒め』か...。他には『野菜炒め』に『ちょっとええ野菜炒め』と『ごっつええ野菜炒め』と...。
...なんだこれは?このメニュー、割と分厚いのにメニューがほぼ『野菜炒め』だけじゃないか!ここはもしかして野菜炒め専門店だったのか!?
いやしかし、そんなことは店先にはそんなこと書いていなかったぞ...?
ボクは思わず店員を呼んだ。するとさっきの女性がやってきた。
「ご注文お決まりですか?」
彼女は何食わぬ顔で注文を取ろうとする。
ボクは波風立てぬ様に聞いてみた。
「あの...。失礼かもしれませんが、ここって野菜炒め専門店なんですか?」
「...?」
彼女はきょとんとした表情を浮かべる。流石に失礼だっただろうか?
ボクの心配を他所に少し考えた表情を浮かべた後、つぶやいた。
「その手が有ったか...。」
「うん?」
『その手』とは一体なんだろうか?いったいどういう手だっていうんだ?
そしてなぜこの女性はこんな真剣そうに考えてるんだ?
困惑するボクに女性は話し始める。
「いやメニュー考えんの面倒やしお金もかかるからとりあえず野菜炒めで埋めてたんやけどな、野菜炒め専門店にしてしまえばそんなめんどくさい事考えんでええんやん。いやー、盲点やったわ!君天才やな!ありがとう!そんで注文はー?」
唐突にものすごい流暢な関西弁かつフレンドリーに彼女は言う。まさか野菜炒め専門店と思われるとは考えても無かったのか?
しかも彼女は嬉々とした表情でおそらく『野菜炒め』としか書かれないであろう注文用紙を持っている。
ボクは少しあきれた風にため息を付き、彼女に言う。
「そんな面倒だからってメニューを全部野菜炒めにする事はないでしょ。店の方針とかどうなってるんです?てか店長は何を?」
そう言うボクに彼女は少し困った顔をしている。少し言い過ぎたかもしれない。
「うーんでもメニュー考えんのも色々買わなあかんしめんどいやん?あとこの店にはウチしかおらんで。まぁウチが店長みたいなもんやな。」
衝撃の事実が彼女の口から発せられる。まさか...この人ひとりだと?
しかもこのメニューだ。今までどうやって店を回してきたというんだ?
ボクは絶えぬ疑問を彼女に問うことにした。
「あなたが店長?」
「うん」
「一人で切り盛りを?」
「せやで」
「なんで?」
「え、定食屋やってみたかったから?」
「料理は出来るんですか?」
「料理は大得意!何でも作れんで!」
「じゃあ何で全部野菜炒め?」
「めんどくさいから。あと野菜炒め材料費安いし。」
こんな感じの応接をしてボクは再びため息を付いた。
まさかこんな店が都内に存在していたとは...。
「そんで、注文は?」
注文用紙とペンを構え、彼女は何の屈託のない目でボクの注文を待っている。ボクはその嬉々とした表情を見せられ、あきらめてこう言った。
「野菜炒め一つ...。あとライス。」
「まいど!」
彼女は嬉しそうに厨房へ向かっていった。
「おまちどうさま!」
数分後、威勢の良い彼女の声と共に注文した野菜炒めとライスがやってきた。意外と早い。
ボクは出された野菜炒めを食べる。横でで彼女がワクワクしながら見てきているが気にせず食べた。
「....っ!!」
美味しい...。
悔しいが提供された野菜炒めは美味しかった。
いや、今までに食べた野菜炒めの比にならないならない程美味しいではないか。食べやすいサイズにカットされ、しんなりと炒められた野菜達にかつおだしと醤油ベースの程よく塩味の聴いたタレが良く絡んでいる。こんな野菜炒め、今までに食べたことがない。
「どや?美味しいやろ?」
彼女は言う。その表情はかなり誇らしげでであった。
「美味しい...です。」
悔しいながらもボクは素直に感想を伝えた。
それを聞いた彼女の表情はかなり誇らしげであった。
しかし普通の野菜炒めでこれ程まで美味しいのなら『ええ野菜炒め』や
『ごっつええ野菜炒め』などは一体どんな味なのだろうか?この野菜炒め
よりも具材が増えていたりするのだろうか?
そんな疑問が沸き上がってきたので、彼女に聞いてみる事にした。
「あの...この『ごっつええ野菜炒め』って普通のやつと何が違うんですか?」
私の質問に彼女は頭に『?』が浮かんでいるのが容易に分るほど、いかにも
ポカンとした顔をした後に...。
「おんなじやで?」
と答えた。
まるで「そうである」ことが当たり前かの態度である。
こうも当たり前かの様な振舞いをされると、まるで自分が
おかしい事を言っているんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。
「え...一緒...なんですか?いやでもこっちの方が高いんじゃ...」
ボクは再度メニューを見る。そして、ある重要な見落としをしていた事に
気づいた。さっきはメニューの内容や彼女のテンションなどに圧倒され
気づかなかったが、このメニューには「値段」が書いていないのだ。
やられた...!これはきっと罠だ!
メニューの内容や彼女の勢いで客を圧倒し、注文させてから「メニューに表記してない」からと法外な値段を請求する魂胆だ!
「これ...値段書いてないですよね...?」
私は質問する。
すると彼女は「あー...」と少しバツの悪そうな顔をした。
やはりそうなだろか?ボクの嫌な予想通り、彼女はそんな事をする人なんだろうか?こんなにも美味しい料理が作れるのに、何故?
少しの沈黙...。
そして彼女が口を開いた。
「それはやね...恥ずかしいんやけど、書き忘れててん。」
なに?書き忘れてた?
彼女は続けて言った。
「んでなぁ、直すのにもお金かかるやん?まぁ値段は覚えてるし、
まぁこのままでもええかなって。」
何がいいのか分からないが、口ぶりや恥ずかしそうな仕草から本当に書き忘れていたのだろうということは分かった。そしてこの人は野菜炒めの件といい、この件といい、かなりケチな人だということも良く分かった。
「お金がもったいないから、書いてないままにしてあると?」
彼女は小さく「うん」言いながら頷いた。その仕草は少し可愛かった。
そうこうしているうちに野菜炒めを食べ終わり、お会計をすることにした。
まだ少し疑っているところはある。何せこの人は相当ケチだし、値段を覚えている
とはいえそれは如何様にも言えるものだ。高額を請求される可能性はゼロでは無い。
私は恐る恐る伝票を手渡す。
「まいどー。野菜炒めとライスで500円ですー。」
「....。」
すこぶる安かった...。
ボクは肩透かしを食らったのと、散々彼女を疑った事に少し罪悪感を覚えた。
この人はただただケチなだけのいい人だったわけだ。
「おおきに!また来てな!」
お会計を済ませたボクは、彼女にそう言われながら店を後にした。
また来てと言われても、野菜炒めしかない店にそう何度も通おうとはボクは思わなかった。確かにその野菜炒めは絶品で、彼女はケチだがいい人だとは思うが...。
「あっ...。」
そんな事を考えていると、一つ忘れていた事に気づいた。そうだ、彼女の名前...名前を聞いていなかった。
あんなにフレンドリーでいい人なんて中々居ないから、名前くらい聞いておいても良かったかも知れない。
少し残念だなと思ながら歩いていると、彼女の顔や快活な声、あの野菜炒めの味が寄せては返す水面の様にボクの脳裏を過っていく。
「...まぁ、二日連続野菜炒めでもいいでしょ。」
ボクは明日また、あの店に行くことにした。
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