トイレ掃除奮闘記〜トイレと仲良くなれた奇跡
ある日、娘が言った。
「ママ、トイレが臭い!!!」
私はてっきり夫の用足し後なのだと思い、娘に「パパに『トイレの後はスプレーして』って言っておきな〜」と言った。
その後も娘が「ママ、トイレが臭い!」というたびに、「パパに言っておきな〜」と言っていた。
ある朝、娘が言った。
「ママ、トイレが臭い。」
え。。。?
夫はすでに仕事に出ていた。数時間前に出かけた夫のトイレの臭いが、今も残っているとは考えられない。
まさか、、、トイレの臭いは、夫のせいではなかったのか?
私は、意を決して、トイレをマジマジと見た。
最近、汚れているなとは、うっすら思っていた。
でも気にしていなかった。見ないようにしていた。
我が家のトイレ掃除担当は、夫だ。
夫が結婚したばかりの頃、言った。
「おれ、毎日トイレ掃除をすることを、自分に課しているんだ。」と。
それから、トイレ掃除は夫担当だった。
トイレの棚には夫チョイスのトイレ掃除用品が並び、夫はこまめに掃除してくれた。
しかし、
あれから、10年。
果たして、トイレ掃除はどうなっているのだろう。
汚れたトイレを見ながら、恐る恐る掃除用品の入った棚を開けた。
掃除用品はまだそこにあった。
きっと頻度は下がったかもしれないが、夫は細々と掃除をしてくれているのだろう。私は安堵した。
しかし、、、娘が最近度々訴えるトイレの臭いは、一体何なのだろう。
トイレの便座を恐る恐る上げてみる。
え???
何これ。
絶望的に汚れていた。
それ以上の表記は避けるが、明らかに汚れていた。
掃除しなければ…!今すぐに…!
私は、トイレ掃除がとてもとても嫌だった。ずっと避けていた。
でも、、、
「今すぐに掃除をしなくては…!」と私に思わせるほどの、緊急事態だった。
掃除用品を一つずつ確かめ、説明を読む。
そして、“トイレお掃除シート”の入れ物を開けてみる。
何と、中身は空だった。
一体いつから掃除がされていなかったのだろう。
最近の夫は、ここ7年くらいずっと明らかにキャパオーバーだった。
まさか7年間、掃除レスということは考えにくいが、、、
いや、もう考えるのはやめよう。
とにかく今から掃除をするのだ。
幸い、シートタイプは空だったが、トイレ用洗剤はまだ中身は残っていた。
私は汚れに洗剤をかけた。数分後流すと、汚れが落ちるらしい。
しかし、何度か繰り返したが、汚れは、全部は落ちなかった。
私は、ふうっと息を吐き、歯ブラシを片手に持った。
汚れに洗剤をかけ、汚れを歯ブラシで擦った。
初めは、汚い黒い柔らかい汚れがたくさん落ちた。
どんどん、どんどん、どこからか現れる黒い塊に驚いた。
どんどん、どんどん汚れが剥がれて、キレイになっていく。
しかし、簡単に取れる汚れを落とし切ると、なかなか落ちない、水垢と汚れの混じった”硬い汚れ”が姿を表した。
これは、明らかにトイレ汚れの“ラスボス”だ。
普段は、周りを柔らかい汚れで覆い、姿を隠しているのだ。
今から、ラスボスとの戦いが始まる。
私は洗剤と歯ブラシを持ち、洗剤でふやかす、歯ブラシで擦る、を無心で続けた。
ラスボスは二箇所に陣を取り、その姿は、一つはまるで”双子山”のようだった。もう一つは、”レインボー”型。それぞれ硬い黒い、トイレ汚れのボスだった。
双子山とレインボーを無心で擦る。
どれくらい経っただろうか。双子山は、輪郭をあらわにし、まるでセクシーな上唇のような姿に変わった。
トイレの汚れをセクシーに感じるなんて…、、
自分に驚きながら、再び擦り続けた。
洗剤をかけ、ふやかし、歯ブラシで擦る。
何度も何度も繰り返す。
右手が疲れたので、左手に歯ブラシを持ち替える。
途中、私の結んでいた髪の毛が便座に入った。
髪の毛がトイレの水に付いてしまうなんて、以前の私なら号泣したかもしれない。
しかし私は冷静に、洗面所で髪の毛についた汚れを、水で洗い流した。
汚れは落ちるのだ。洗えば良いだけなのだ。
心はびっくりするほど静かだった。
しかし、この双子山とレインボーは手強い。
このラスボス達は、歯ブラシでは歯が立たない。
よし、、私はごくりと覚悟を決めた。
私は歯ブラシを置き、スポンジに切り替えた。
歯ブラシの時よりもトイレとの距離がグッと縮まる。
私の顔とトイレの距離は、10センチほどだった。でも不思議と全然嫌ではない。
無心でラスボスと対峙する。雑念は消えていた。
ずっとずっと、「汚れること」が嫌だった。嫌というより、怖かった。
汚れたら、体の中にまで、汚れが染み込んでしまいそうだったから。
子供の頃、手が汚れると、執拗に洗った。何度も何度も。
どんなに洗っても、手が汚れた感覚が数日間続いた。
汚れが怖かった。恐怖だった。
「洗っても洗っても落ちない。体に染み込んで、どんどん汚れが増殖して、私自身が汚れていく」と感じていた。
でも、今の私は、もう汚れが怖くなかった。
トイレは洗剤で磨き上げ、ピカピカだった。
唯一の汚れ、双子山とレインボーを残して。
私は大きく息を吐いた。
「よし。もう、これしかない。やるか…。」私はつぶやいた。
意を決して、自分の爪で、双子山とレインボーを擦った。
カリカリっと音を立て、驚くほどあっさりと、汚れは消えた。
あんなに歯ブラシで擦っても、スポンジで擦っても落ちなかったのに。
こんなにも、あっさりと落ちて消えた。
なんていうことだろう。
この双子山とレインボーは、私の爪を待っていたのだ。
私の爪で、落とされたかったのだ。道具なんかで落とされたくなかったのだ。
何度も繰り返される歯ブラシやスポンジの摩擦に、じっと、じっと耐えていたのだ。私の爪で落とされるために。
これは、“戦い”なんかではなかったのだ。
私は汚れをやっつけようと思い、トイレ掃除に挑んだが、
トイレは、戦いなど望んでいなかった。
トイレは私と仲良くなりたかったのだ。
胸がいっぱいだった。
双子山とレインボーに対して、愛しさが込み上げる。
私の爪でこの2人を擦った時、ドキドキはしたが、全く嫌ではなかった。
私はこの瞬間、トイレと手を繋いだのだ。
私は、もう汚れは怖くない。
洗えば落ちるのだから。
どんなに、どんなに汚れても、洗えば落ちるのだ。
これからは、ちょくちょくトイレ掃除をしよう。
私は、もうトイレと仲良しだから。
もう大丈夫。
トイレ、ありがとう。
また掃除するね。
ピカピカのトイレの床に座る なかまち
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