【小説】それゆけ!山川製作所 (#12 椿木 哲人&立川 ユキ②)
台本と聞いて戸惑っている俺になど目もくれず、ユキは固定してあるカメラ2台を起動した。
そして、改めて俺の前に立ち、目を閉じると深く深呼吸をする。
再び目を開けたユキは、完全に準備が整っていた。
……最初に言っておく。
俺が今から話す内容は全て棒読みになっていると認識してもらいたい。
……アクション!
~ シーン1:学校の体育館裏 ~
僕の名前は椿木哲人。
デブでのろまな陰キャ眼鏡だ。
本当はひっそりと学校生活を送りたいんだけど、この大柄な体が目立ってしまうのか、大抵のクラスメイトは僕のことをほっといてはくれない。
今日だって僕は、クラスの1軍連中に無理難題を吹っ掛けられている。
「で?こんなところに呼び出して一体何の用なのよ?」
「え!?いや、えっと、す、すいません……」
昼休みの体育館裏。
僕の目の前には、学校一の美少女である立川さんが立っている。
なぜか僕はその立川さんと2人っきりでこんな場所にいるわけだ。
どうしてこうなったと僕は昨日のことを思い出していた。
◇◇◇
(以下、俺が2役だ。ちなみに、今後もユキのセリフ以外は全部俺が話していると考えてもらいたい)
『おい、焼きそばパン買ってきたか?』
昼休みになってほどなく、クラスのリーダー格が僕に近づいてきた。
僕は昼休みにこいつのために、購買でパンを買ってこなければならないんだ。
『ご、ごめん。急いで行ったんだけど売り切れで……。代わりにメロンパン買ってきたんだけど……』
『ふざけんじゃねぇ!!』
声を荒げたそいつは、僕の持っていたメロンパンを平手で叩き落とす。
『俺は焼きそばパンって言ったよなぁ?これじゃ昼飯抜きじゃねぇか!どうしてくれるんだ!あぁ!?』
『ご、ごめんなさい……!』
ただただ、謝ることしかできない僕の前で、そいつは急にニヤリと笑った。
『じゃあ責任取って罰ゲームな。明日、立川さんに告白しろ』
『え!?あの立川さん!?いや、無理に決まってるよぉ……!』
立川さんといえば学校一の美少女。
こんな僕が告白したところで、気持ち悪がられて終わりだ。
『うるせぇな!!お前が悪いんだろうが、知るかよ』
取り巻き連中も一緒に、僕を見てクスクスと笑っていた。
◇◇◇
「あのさぁ。用事がないならもう行っていい?」
何も言わずもじもじしている僕を見て、立川さんは踵を返そうとする。
まずい。ここで告白できませんでしたなんてあいつに報告したら、次は何をやらされるかわかったもんじゃない。
僕は覚悟を決めた。
「あ、あの。ずっと好きでした!付き合ってください!!」
ひっそりとした体育館裏で、僕の声が響き渡る。
一瞬びっくりとしたような顔を見せた立川さんだったけど、すぐにこめかみに指を当てて、盛大にため息を漏らした。
「……君、2組の椿木君だよね?どうせ、嫌がらせか何かで私に告白してこいって命令されてるんでしょ?」
「え!?」
立川さんは全てお見通しのようだった。
「いや、その!す、すいません……」
すぐに認めてしまった僕を見て、立川さんは改めてため息を漏らす。
「あのさぁ、椿木君」
「な、なんでしょうか?」
「いい様に振り回されて、悔しくないわけ?」
……それは。
悔しくないわけがない。
「そ、そりゃ悔しいですよ。理不尽で意味が分からないですし……」
「じゃあ言ってやればいいじゃない。『嫌だ』って」
まったく。立川さんも涼しい顔で言ってくれるものだ。
できるものならとっくにやっている。
でも、僕が抗ったって何も変わらないことはわかっている。
そもそも、そんな気概もないんだ……。
「言ったって、意味ないですよ……」
「なんで?」
「なんでって……。こんなデブの陰キャが言ったところで、話を聞く人なんていないでしょう?」
「ん~……。要するに、自分に自信がないってことなのね」
よくわからないけど、自分の中で結論を出した立川さんは、顎に手を当てて僕を観察し始めているようだった。
「……身長は高い。……よく見れば、目鼻立ちも悪くはないのよね」
良く聞こえないが、なにやらブツブツと呟いている。
「……よし!!」
「はぇぁ!?」
パンっと手を叩くと、立川さんはいきなり大きな声を出した。
驚いて変な声が出た。
一体何が「よし!」なのかと立川さんを見ると、彼女はニヤニヤとこちらを見て言う。
「明日の放課後、私に付き合いなさい!」
~ シーン2:立川さんとの放課後 ~
「まずはそのぼっさぼさの髪ね!」
「あ、あの。ここは一体?」
学校が終わった後、訳も分からず追れ来られたのは駅前の美容室。
すでに、僕は為されるがままに椅子に座らされている。
「ユキが友達を連れてくるなんて珍しいな」
僕の背後には、高身長で細マッチョのイケてる男性店員さんが立っていた。
おそらく、僕とは一生交わらないようなタイプだろう。
何やら立川さんと親しいようで、先ほどから会話が弾んでいる。
間に挟まれているので、若干気まずい……。
「す、すいません。店員さんは立川さんの彼氏さんでしょうか……?」
僕にしては踏み込んだ質問だったけど、これは確認しておかないと不味い。
こんな僕でも一応男。絶対にいい気はしないだろう。
すぐに、ただここに連れてこられただけって説明した方がいい。
けれども、内心焦っている僕をみて2人は顔を見合わせると、すぐに大声で笑い始めた。
「ははは、何言ってんのよ。この人は私のお兄ちゃん。この美容院を経営しているのよ」
「ふふふ、いつもユキがお世話になっているね」
お、お兄様だったのか……。
なんだか恥ずかしい。
盛大に勘違いをしていたようだ。
椅子に座ったまま1人で悶絶をしている僕の挟んで、2人は会話を続ける。
「ね?意外と整ってるでしょ?」
「たしかに……。これはいけるかもね」
さっきから何の話をしているのだろうか。
鏡に映る僕を見て、なにやら2人だけで話し続けている。
ちなみに、昨日立川さんに言われて、今日の僕は眼鏡ではなくコンタクトレンズをつけていた。
「よし。早速切っていこうか」
そう呟くと、お兄様は迷いなく僕の髪を切り始めた。
「こ、これが僕ですか……?」
全ての作業が終わり、鏡の前に立つ僕。
正直、髪を切ったくらいで……なんて思っていたけど、とんでもない。
長年何のこだわりもなく伸び放題だった髪はきちんと整えられ、軽いパーマの入った今どきの髪型へと変貌していた。
それによって、イメージががらりと変わったのだ。
少なくとも、学校の片隅でひっそりと過ごすような陰キャには見えない。
「うーん。予想以上だね」
「でしょ?私の目に狂いはなかったわね」
立川さんとお兄様も満足そうに僕を見てくれている。
しかし、僕の顔から体へ目線を移した時、立川さんの顔は明らかに曇った。
「あとは……。その、でっぷりとした腹なのよねぇ……」
残念そうに、僕の腹を眺める。
「ねぇ椿木君。あなた、今日からダイエットしなさい」
「ダイエット?……えぇ!?」
あまりに自然に言われたものだから、一瞬理解が遅れてしまった。
しかし、理解したからこそ、今度は僕の顔が曇る。
「いや、無理ですよぉ……。今まで糖質制限とか運動でダイエットに挑戦したことは何度もあるんですけど、全部続かなかったんですから!」
「なんで最初から諦めてるのよ……。お兄ちゃん、お願いできる?」
「おお。了解」
いやいや、勝手に話を進めないでくれ!
しどろもどろしてしまう僕。
しかし、お兄様は笑いながらあるものを渡してきた。
「想像しているような厳しいダイエットなんかしないよ。ちょっとこれ見て」
お兄様が見せてくれたのはスマホの写真。
そこには僕と同じような、大柄で眼鏡をかけたデブが写っている。
隣には、なんと今より少し幼い立川さんが写っていた。
「も、もしかして、ここに写っている男の人ってお兄様なんですか?」
おそるおそる尋ねると、お兄様は笑いながら頭を掻いた。
「ははは、実は僕も昔は君くらい太っていてね」
「すごい変わりようですね……。パーソナルジムでも通ったんですか?」
「まさか。ジムはお金もかかるし、何より体がしんどいからね。僕はこれを使ったんだ」
「え?これは……『マルチネスアッパー』?」
お兄様が手渡してくれたのは、顆粒が小分けにされている薬のようなものだった。
印字されている商品名は『マルチネスアッパー』。
これを飲んだだけってことなのか?いや、まさかそれだけでってことはないだろう。
「まぁ騙されたと思って毎朝飲んでみてよ。ただし、食事制限はしてはだめだよ?」
「は、はぁ」
食事制限もなく痩せられるなんて願ったり叶ったりだけど、そんなうまい話があるかなぁ?
〜 シーン3:椿木の華麗なる転身 〜
「これは水に溶かして飲むのか。……ん。エナジードリンクみたいで美味しいな」
半信半疑で飲み始めた『マルチネスアッパー』。
しかし、翌朝にすぐに変化が訪れる。
「うわ!?すごい汗かいてる!!」
起きたら汗で服も布団もびっしょりと濡れている。
「あれ?なんだかベルトの穴が一つ小さくなったような……」
一週間後、僕はズボンを履く際に、ベルトの穴の位置が変わっていることに気がついた。
「うわ!いつの間にか体重がすごく減ってる!!」
どんどん、自分の体が変化していく。
そうして、一ヶ月も立つ頃には……。
「ねぇ。椿木くんてイメージ変わった?」
「イケメンになったよねぇ!私、声かけちゃおうかしら?」
僕は、念願の女子ウケ抜群の細マッチョ体型に!
学校の女の子から噂されるほどの引き締まった体を手に入れたのだった!
〜 シーン4:説明 〜 ……にいく前に。
「おい待て。何だこれは?俺は何をやらされてるんだ?」
ついに俺はユキの書いた台本をなぞることを止めてしまった。
恋愛の話なのかと思ったら雲行きが怪しくなっている。
いや、そもそも台本渡されていきなり撮影が始まること自体おかしな話なのだが。
てか「説明」ってなんだ?
「ちょっとー!何勝手に止めてるのよ!これからってところじゃない!」
ユキはカメラを止めながらそんな不満を言ってくる。
いや、これからって言われても。
「とりあえず、意味がわからん。いきなり撮影が始まったのは百歩譲ったとして、一体何の台本なんだこれは」
まぁこいつが突拍子もないことを突然始めるってのは十分理解している。
ただ、少なくとも自分が今何をしているのかくらいは理解させてくれ。
俺は普段よりも意思を乗せてユキに訪ねた。
するとさすがのユキも話が進まないと思ったのか、渋々といった様子で口を開く。
「はぁ……。私、最近y○u tu○eにハマってるのよ。その中で好きな動画を真似してるだけ」
はい?y○u tu○e?好きな動画?なんで真似して撮影する必要があるんだ?
いくらユキでも会議室で撮った映像を投稿するわけじゃないだろうに。
「なんで真似して撮影する必要が……」
「あー!うるさい!御託は結構!!とにかく、文句があるなら撮影後に聞くから」
ユキは勝手に会話を打ち切ると、またカメラを回し始めてしまった。
〜 シーン4:説明 〜
「あれすごかったです!なんなんですかあれ!?」
自分の変化に驚いた僕は『マルチネスアッパー』のことが気になって、思わず立川さんに詰め寄ってしまっていた。
「ふふふ、お兄ちゃんの言ったとおりだったでしょ?あれはね……」
(ここから、ユキは器用に声を高くし、まるで2倍速で流している映像のように早口でまくし立て始めた)
「1ヶ月飲むだけで理想の細マッチョになれるってSNSでも男女問わずバズってて販売開始わずか1ヶ月で60万本を突破している飲む筋トレ『マルチネスアッパー』なの。検索エンジンで『ダイエットサプリ』って検索すると10,000件以上の商品がヒットするんだけど、この商品は期待度・コスパ・支持率で堂々の3冠を達成。その理由は、脂肪を筋肉にバッキバキに変換する効果がとんでもないから!ハードな運動も食事制限もなしで女子ウケ抜群の細マッチョ体型になれるっている裏技アイテムってわけ!その秘密は、国際ダイダロス協会でも話題の奇跡のダイエット成分『HNB』。『HNB』はプロテインからたったの5%しか生成されなくて、筋肉を増やす・脂肪を燃焼させる・筋肉の低下を防ぐとこが証明されている。超激レアの筋肉増強成分なの!」
(ん?どうしたどうした?)
「この『HNB』をはじめとした筋肉増強成分が基準値ギリギリの2,500mg入ってるから効果はなんとプロテインの30倍!朝から『マルチネスアッパー』を飲めば普段の移動がジムトレーニング級の運動に!しかも脂肪燃焼効果は24時間持続して寝ている間もガンガン脂肪を燃焼してくれるからたるんだお腹もガンガン引き締まって理想のモテモテボディに!ちなみに、食事制限はしないでね。え?栄養無しで筋肉つくわけがないでしょ?『マルチネスアッパー』にはABCCっていう成分が入っていて無駄な脂肪の吸収を抑えてくれるから食事制限の必要はないの!だから、普通に生活するだけでゴリゴリすぎるマッチョでもなく、一番嫌がられてしまうだらしないぽっちゃり体型でもない理想の細マッチョになれるってわけ!しかも世界的に権威のあるレイモンドセレクションを受賞してて、有名格闘家やアスリートがこぞって愛用しているみたい」
(無表情でまくしたてるな。てかレイモンドセレクションてなんだ?)
「ただ、各種成分が基準値ギリギリまで入ってるから買い方によってはかなり高めの1万円以上しちゃうの。月額10万円以上するパーソナルジムよりは圧倒的に安いんだけど、通販で買うにはちょっと高めよね。」
(おい、ちょっと待て……)
「でも今なら!この動画限定で特別に安く買える裏技を教えてあげる!動画したから行ける特別ページから1分で終わるアンケートに答えるだけでたっぷり3ヶ月分の『マルチネスアッパー』を初回実質無料でプレゼント!かかるお金は送料の540円のみ!30日間の返金保証も付いてるから1ヶ月試してみて意味ないなって思ったら商品代金を返してもらえばいいだけ!もちろん赤字覚悟だから無料でプレゼントできるのは数量限定。お申し込み方法が動画下の特別ページからたった5つの質問に答えるだけだから今すぐアンケートに答えるのがおすすめだよ!」
(好きな動画だとか言っていたが……)
「ただ、無料プレゼントが発表されてから応募が殺到して早くも品薄状態とかなんとか……。でもね!今日確認したらまだわずかに在庫があるようだったから、今なら間に合うよ!でも、この広告を閉じてしまったら二度とお得に『マルチネスアッパー』を手に入れるチャンスは訪れなくて、実質1万円以上の損をすることになっちゃうの!応募は下の特設ページから!」
「特設ページから!じゃねぇよ!なんで本編前に流れる漫画系広告にハマってんだお前は!!!」
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