【小説】それゆけ!山川製作所 (#4 財前の独り言)

どうも皆様こんにちは。
株式会社山川製作所、代表取締役社長の財前でございます。

記念すべき一作目を無事書き終えることができましたねぇ。
やっぱり、特定の社員に注目していく方法は間違っていなかったようですねぇ。

今年の春に入社した新入社員の浜川さん。
彼女、結局最後は叫ぶんですよねぇ。
エントランスでも、コンビニの駐車場でも彼女の声はよく響きます。

私が浜川さんに注目することになったきっかけは、最終面接で彼女と対面した時でしてねぇ。
最後の最後に黒川の奴が、「これで面接は終了だお」って言った時、彼女はびっくりするくらいの声と反応速度で「だお!?」って言ったんですねぇ。
あれはもう反射でしたねぇ。大脳を通過しない単シナプス反射ですねぇ。

黒川の奴は面接をする時、最後は決まって仕掛けるんですが、大抵の就活生はそのままスルーするんですねぇ。
ははは、でっかい〇和田専務みたいな奴が「だお」ですよ?そんなギャップをスルーなんて、んな馬鹿なって思うでしょう?

でも皆さんこれね。

事実、多くの就活生たちは何も反応することはできなかったんですねぇ。
大〇田専務みたいな奴がそんなことを言うなんて想像もしていなかったでしょうし、何より失敗してはいけない就活生が面接官に、それも大企業の経営陣に突っ込むなどなかなかできることではありませんからねぇ。

でも、彼女だけは違った。
当の本人は言った後に気まずそうな顔をしていましたけどねぇ。

そして、私はそれを見て思ったんですねぇ。
彼女を営業部営業一課の田中課長の下につけようと。

皆さんもおわかりになったと思いますが、彼は真面目をこじらせてるんですねぇ。
とても仕事ができる弊害なのか、彼は妥協や調整が苦手なようなんですねぇ。どこまでもストイックに真面目なんですねぇ。

でも、その真面目さは、社会人として時に不都合な場面が出てくる。
働いている誰もが彼のように四六時中真面目に頑張れないんですねぇ。

時には全力で取り組み、時には力を抜き、なんとかサラリーマンを続けていく。社長の立場で言うのもおかしな話ですが、私はそれでいいと思っているんですねぇ。息を抜かなければ壊れてしまいますから。

何事もバランスが大切なんですねぇ。
しかし、彼にはそれができないし、そもそもそれを苦とも思っていない。

当然ながら、彼は会社の中で浮きましたねぇ。

社会人として働いていれば、この辺の絶妙な匙加減は自然と覚えていくものです。日本人は足並みを揃えてなんぼですからねぇ。

でも彼はそうはならなかった。

なぜか?
理由は単純明快。

彼は社会人としてのそのバランス感覚を、誰からも教えてもらったことがないからなんですねぇ。
誰も彼に注意やアドバイスをしてこなかった。

実は、新入社員の頃から彼はすでに人一倍仕事ができたんですねぇ。
それも当時の上司を上回るほどに。
その圧倒的な実力ゆえに、誰も彼に物申すことができなかったんですねぇ。
そして今や彼は営業部営業一課の課長。ますます、彼に意見できる人はいなくなってしまったんですねぇ。
結果を出している彼は、誰よりも正しいということになってしまうんですねぇ。その事実を前に、変に口は出せないわけですねぇ。
ははは、彼が結果を笠にやりたい放題するパワハラ人間でなくてよかった。

では彼はもうずっとこのままなのか?

これに関しては、黒川の奴がこう言っていたんですねぇ。

「彼は今のスタンスに執着しているわけではない。ただ彼は提示されているルールに従っているだけだ。その提示されたルールが限られているだけで、選択肢が広がれば彼は驚くほど柔軟に対応ができるはずだお」

なるほど。
誰かが彼に塩梅を提示することができれば、今からでも変われるということですねぇ。

しかし、すでに社内で彼の実力を知らない者はいません。
親しい友人もいないようですから、気軽に処世術を伝えるなんて容易ではなさそうだ。実際今までがそうだったわけですからねぇ。


そこで。
私が注目したのが、彼女の神速ツッコミだったわけなんですねぇ。

時と場所、そして立場など関係なく思ったことを口に出してしまう彼女の言葉は、おそらく田中課長にとっては今までの経験したことのない類のもの。
それを聞いて、彼は自分の中でどう処理していくのか。

いやはや、楽しみですねぇ。

彼女が田中課長を、そして課長の現状を受け入れてしまっている営業部の面々を変えてくれることを期待しています。

今後も見守っていくこととしましょうかねぇ。



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