【小説】それゆけ!山川製作所 (#5 須藤健一 ①)

どうも皆様こんにちは。
株式会社山川商事、代表取締役社長の財前でございます。

早速ではございますが、今回は資材部調達課の若手男性社員について書いていきたいと考えているんですねぇ。これがまた非常に興味深い人物なんですねぇ。

実は、彼については前々から知っていましてね。
きっかけは、やはり黒川の奴からの報告だったんですねぇ。
何か変なやつがいると。

それからずっと注目しているわけです。
いや、注目させられてしまっているというほうが正しいのかも知れませんねぇ。

彼を一言で表す言葉があるとすれば……、「スマート」でしょう。

彼にとって、あらゆる事象の判断基準は、スマートであるか否か。
いくら手間暇がかかろうが関係ありません。
私と黒川はそんな彼の生き様を見て、いつしかファンになってしまっていたようなんですねぇ。

今回は、そんなスマートの権化である「須藤 健一(スドウ ケンイチ)」について少々触れてみましょうかねぇ。



俺の名前は須藤健一。
国内最大手の電気機器メーカーでもある、株式会社山川製作所に勤務する入社5
年目の若手社員だ。今年の春からは「主任」なんて肩書をもらっている。

山川製作所におけるすべての資材を調達し、そして管理する。
それが、俺の所属する資材部調達課のミッションとなる。
一見地味に見えるかも知れないが、俺はこの部署が山川製作所の根幹を支えていると考えている。故に、俺はこの仕事に誇りを持っているってわけだ。

仕事をする上で大切にしていることは「何事もスマートに」だ。
物事の本質を見極め、余計な回り道をせず、最も効率的な方法で成果を上げる。
このスタンスが同期の中で最も早く肩書を得ることができた一番の要因だろう。

スマートさは何も仕事内容だけではなく、外見にもにじみ出るよう心がけている。タイトなシャツを着こなす為にも日々体を鍛え、ズボンもネクタイもとにかく細いものを身につける。髪はツーブロックにパーマを当て、靴は先の尖った、とりあえず歩くときにやたらとコツコツ鳴るものを購入している。

そんなスマートが服を着て歩いているような俺は、仕事中のブレイクタイムにも気を使う。
最近の若い奴はSNS、漫画など、時間があれば携帯電話ばかり見ているやつが多い。同僚も、休憩時間には皆黙々と携帯電話を操作している状況だ。
ただ、俺はそんな何の意志もない時間の無駄遣いはしない。

俺は休憩時間中ずっと缶コーヒーを片手に煙草を吸うようにしている。

煙草は電子タバコじゃない。もちろん紙煙草だ。

これは入社してから徹底している俺の美学だ。
激務の合間を縫って取るつかの間の休息。
憂いを帯びた表情で遠くを見つめながら煙草を吸い、片手にはブラックの缶コーヒー。
戦いに疲れた男が一瞬見せるその表情は、言葉では言い表せることのできない奥行きを醸し出す。


「ふぅ、こんなところか……」

仕事に一段落をつけた俺は、スタンディングデスクに載せた相棒(mac)の画面を覗き込みながら誰ともなく呟いた。
macはいい。広げているだけでスマートに見える。
これを持ってカフェのテラス席になど行けば、もうスマートの頂きに手が届いたと言っても過言ではない。

俺ぐらいになると、自席のデスクになど縛られない。
パソコン一つあればどこでも仕事ができる時代。
アドレスフリーを推奨する我社では、所々にこうしたスタンディングデスクが設置されている。周りで仕事をする社員たちも、パソコンを片手に活発な議論を交わしている様子。実にスマートな光景だ。

ひとしきり至高のスマート空間を堪能した俺は、仕事に区切りがついたということもあり、休憩を取ることにした。

煙草を片手に喫煙所へと向かい、併設された自動販売機の前に立つ。
早速缶コーヒーを購入しようとお金を用意するが、ここで俺のポケットから出てくるのは財布じゃあない。

小銭入れだ。

財布ではなく、飽くまで小銭入れ。
俺は出社すると財布は自席に置いてある鞄に入れたまま、小銭入れのみを持って移動するようにしている。
財布があるのになぜわざわざ小銭入れだって?
わかってないな。
スマートな男はとにかく小銭入れを所持していると本に書いてあったんだ。
他でもないこの俺が、それを実践しないわけにはいかないだろ?

取り出した小銭入れの中を確認すると、入っていたのはきっちりと130円。
もちろん、金額は朝の内に確認している。ここ札を取りに自席まで戻るなんてNOTスマートだからな。

それでは、今日も缶コーヒーを片手に煙草を吸いながら、遠い目をすることにしよう。 ブラックコーヒーを購入すべく自動販売機に硬貨を入れる。

チャリン、チャリン、チャリン、チャリンカコーン。

……おっとこれは失態だ。最後の十円玉が戻ってきてしまった。スマートじゃない。周りから見られていないこと確認し、安堵の息を漏らすとともに、再度十円玉を入れる。

チャリンカコーン

チャリンカコーン

おっと?今日の自動販売機は少し機嫌が悪いようだ。

チャリンカコーン

チャリンカコーン

チャリンカコーン

「……」

……ままならないものだな。
俺の持つ残りの硬貨はこの1枚のみ。
今から札を取りに自席のデスクまで戻るなど、俺の美学に反する。

十円玉に傷でも入っているのではないかと、俺はお釣り口に戻ってきた硬貨を手に取り、まじまじと観察した。

「……!?……ははは、なるほど。一筋縄ではいかないな。これだから、スマートってやつは面白い」

人生は何が起こるかわからない。
いくら俺がスマートさを追求しても、人生ってやつは簡単に裏切って来やがる。
でもそれが面白い。抗ってやろうじゃないか。
高い壁を乗り越えたその先に、俺の目指す真の「スマート」があるのだから。


ギザ十だった。


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