【小説】それゆけ!山川製作所 (#6 須藤健一 ②)
ギザ十というサプライズに困り果てた俺だったが、ICカードを持っていることを思い出し、無事缶コーヒーを購入することができていた。
自動販売機のセンサーにカードをかざすだけ。実に簡単だ。
ははは、硬貨ではなく結局ICカードを使った俺を見て、
「今どき自動販売機で硬貨を使うよりも電子決済を利用したほうがスマートなのでは?」
という声が聞こえてきそうだ。
しかしながら、俺はそうは思っていない。
電子決済の方が新しいし、便利であることはわかっている。
一見スマートに見えるだろう。
ただ、俺は問いたい。
そこに“粋”はあるんか?
何でもかんでも効率的で便利なことばかりがスマートだとは思っていない。
俺の目指すスマートとは、そんなにも簡単に振り分けられるようなものではない。
足のことを考えるのであれば、硬い靴底よりもクッション性のあるものの方がいいだろう。
作業のしやすさを考えれば、ノートパソコンよりも自席のデスクトップの方が画面も大きくやりやすいだろう。
しかし、俺はそれらを選択しない。
俺の中で、それはスマートではないからだ。
わかってもらえるだろうか。
俺の目指すスマートとは、そんな一筋縄ではいかない絶妙な領域に存在している。そんな俺にとって、自動販売機で飲み物を購入する際は、電子決済よりも小銭入れを利用した方がスマートだということだ。
おっと、電子決済の話から随分とスマート理論を展開してしまっているな。
持論を熱く語る男は嫌いじゃないが、やりすぎはNOTスマート。
ここらで仕事に戻るとしよう。
空いているスタンディングデスクを見つけた俺は、再びmacを開き仕事へと戻る。
相変わらず周りではスマートに仕事を行う社員で溢れている。
ここにいる社員たちは皆ナチュラルスマーティストだ。見ていて惚れ惚れする。
仕事場であっても耳にイヤホンをつけ、音楽を聞きながら仕事をする社員がいる。俺にはわかる。あれは形から入っているわけじゃなく、本当に音楽を聴いたほうが集中できるタイプの顔だ。
んん〜、スマート。
AirPodsを耳につけ、リモート会議を行っている社員がいる。直接会って話すべきだという固定概念を壊し、時間を有効活用して業務を推進している。
んん〜、スマート。
……!デスクを使わず、あえて左手でノートパソコンの底を持ち、訴えかけるように右手を振りながらディスカッションをする社員たち!まるでベンチャー企業で己の夢を語り合う同志たちのようではないか!
んん〜!ベストスマート!
負けていられない。
俺は内ポケットから手帳を取り出す。
そして開いたのは、後方ページに付いているメモのページだ。
打ち合わせなどで何かメモを取るように、専用のノートを用意している人は多いんじゃないのか?そちらの方が広く書けるし、見直しもしやすいだろうからな。
しかし、俺はあえて手帳内のメモページしか使わない。
これが、俺のスマートだからだ。
そして極めつけはこれだ。
万年筆。
その辺の文房具店で購入できる安物なのではない。
これは、俺が初任給で購入した数十万はするモンブランの万年筆。
この万年筆からは、エレガンスで洗練されたスタイルによる歴史の重みと確かなクラフトマンシップを感じる。まさに、オーサライズされたメルクマークにコミットしているコンセンサスは、エビデンス的にもアイコニックでハチャトリアンだろう。
フリクションボールペンや4色ボールペンなど、昨今の文房具の進化は留まるところを知らない。
しかし、俺はあえてこの万年筆を使用している。
なぜならば「書く」という行為は、仕事をするうえで一生行う行為だからだ。
「書く」という行為を「何で」書くのかは重要な問題。
そこに、極上の万年筆を使用するという選択が俺にとってのスマートなのだ。
ははは、何人かこちらを見て小声で何か話しているな。
どうだ?macと万年筆という組合わせは、この上なくスマートだろう?
新しいものと伝統あるものの融合。これは俺の中で外せないところだ。
♪~
ひとしきり、自身のスマーティングポジションを確認したところで、スタンディングデスクに置いた携帯が鳴る。
(ふむ。桐山係長か……)
表示された名前は、俺の直属の上司である桐山係長。
彼には入社したころから世話になっていて、絵に描いたような良い人柄の持ち主だ。俺が社内で1番の信頼を置く人物と言っても過言ではない。
いきなり電話とは何か問題でも発生したのであろうか?
望むところだ。俺のスマート辞典の「う」の欄には「受けた恩はしっかりと返す」という言葉載っている。
「こちら須藤」
俺は電話に出る。それはもう端的に。
「須藤くん!どこいっちゃったの!?まさか、また勝手に企画部のオフィスに紛れ込んでないよね?うちの部署は自席以外で仕事をするような業務内容じゃないだからね!?すぐに戻ってきなよ!?」
「……………………うっす。すいません」
ぐうの音も出ない状況ではしっかりと謝る。
これもまた、1つのスマートだ。
<END>
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