続・ 先生と私
翌日、いつも通りに登校し、先生もいつも通りだった。
授業、友達と過ごす時間、給食、掃除、放課後の飼育小屋。
唯一違ったのは飼育小屋に先生が来なかったこと。寂しい思いにかられながらも、うさぎ達に話しかけ気を紛らわせていた。
それから数日後。
放課後、飼育小屋の前に座りうさぎに話しかけていたら、背後から「うさぎと話してるのか?」と声がした。
声で直ぐに誰か分かり笑顔で振り向いた。
「お前、いっつも笑ってんな〜」と言いながら先生が隣に座る。嬉しさがドキドキに変わった。
なんだろう。この感じ。そう思いながら「先生のカレーまた食べたいな」と小声で呟いた。
「辛かったやろ?」「美味しかった」「それは答えになってないぞ」「辛くなかった」「そうか」とお互い真っ直ぐうさぎを見ながら会話をしていた。
ふと先生達の止める駐車場を見たらもう車は1台しかなかった。
「学校の鍵閉めたしもう誰もいないから大丈夫だぞ」
先生は意地悪な笑顔でこっちを見ていた。
そんな先生を見て口をとんがらせてふてくされてると「お前はいつもどこか寂しそうなんだよ」と言いまた頭を撫でてくれた。
言葉を失い、「帰る!」と立ち上がると「送ってくぞ」と言ってくれた先生に対し一瞬戸惑ったが
「走って帰るから大丈夫!先生さようなら!」と言って走って学校を出た。
「気をつけろよー」という背後からの言葉を無視して。
その晩も夜ご飯は無く、部屋で日記帳とにらめっこをしていた。本当に書いていいのか。信じてもらえるのか、母に言われたら今よりもっと酷い事になるんじゃないか。悩んだ挙句、日記帳はいつも通り書き、手紙に書いて封筒に入れ、その日のページに挟んで。
母に見つからない様に布団の下に隠し、朝起きてランドセルに入れ、いつも通りに家を出た。
学校に着くと先生はもう教室にいてみんな日記帳を渡していた。
本当に渡していいのか。身体に緊張が走る。母にされている事を全て書いたこの手紙を。
迷っていたら「あやみ、日記帳〜」と先生から言われた。
1クラスの我が小学校はみんな下の名前で呼ぶ。先生達もそうだった。呼び捨ても当たり前。
周りの友達らはいつも通り朝から元気に騒いでいる。
「はい」と返事をして、先生の机の前についたが、なかなか手が出ない。「ん?」という顔をしている先生。私は泣きそうになっていた。
それを見て察してくれたのか「あぁ…分かった。大丈夫だから」と小声で言い日記帳を私の手から取ってくれた。
膝から崩れそうな感じがして、席に戻ろうとしたら「ありがとな」と。
「えー、先生なにー?あやみなんかしたとー?」と近くにいた男子が言い出し、私は「うるさいっ!」と言って席に戻った。
渡せた…
初めて大人に。今の全て、そして今の状況を書いたものを。初めてのSOSを。
その日授業もあまり耳に入らず、直ぐに放課後になった。
みんなが「バイバイー!」と帰って行く中、私はホウキ片手に手を振る。
いつも通りの事をしているだけなのに、ソワソワしていてやっぱり書かなきゃ良かったという気持ちに襲われていた。
「お前ら、転けるなよー!」「はーい、先生さようなら!」
その声を聞いて体が固まった。振り向く事も出来ない。どうしよう…また信じてもらえないのか…それならやっぱり…
「今日も頑張ってるな」
変わらない声が隣でする。しかし見れない。言葉も出ない。ホウキをもったまま動けなくなっていた。
「あやみさ、日曜日は兄ちゃん達と遊んでんの?」
首を横に振る。
「じゃあさ、学校にきなさい」
黙ってると
「ちゃんと話そう。先生誰にも言わんから。大丈夫だから」
やっと身体の硬直が解け、涙がポロポロ流れてきて座り込んでしまった。
「ずっと1人で我慢してたんだな」と…先生は目に涙を溜めていた。
うさぎもニワトリもいつも通りに動き回っていた。
日曜日。
朝学校に行き、教室に入るとそこには普段着の先生がいて雰囲気が少し違って見えた。
「おっ!おはよう!」
「先生おはようございます。」
「今日も可愛いやんー」と頭をぐしゃぐしゃにしてくる。
「さてと。今日は他の先生も来るしな、アイツらも遊びに来たりするからな、どうするかなー」
と鍵がいっぱいついたやつを手の平で投げながら言った後に
「あやみ、カレーよりナポリタン食べたくない?」
と突然言われた。
ビックリしたけど「食べたい!」と言ってしまっていた。
「よし!決まりー!不味くても文句言うなよ〜」
と歩き出す先生の後ろを必死に着いていった。
学校の裏庭から出て少し離れた所に車が止まっていた。こんな場所…と思ってるうちに、「はい、どーぞ」と後部座席のドアを開けてくれた。
「今日はあやみはお姫様だ」と。
お姫様……父が言ってくれていた言葉だ。父は長距離運転の仕事から帰ってくると直ぐに抱きしめてくれ「やっと俺のお姫様に会えた」と言ってくれていた。
父以外の大人に言われるなんて、あの日想像もしてなかった。
車に乗って直ぐに、ジュースとお菓子を「ほいっ」と渡された。「食べたい時に食べていいからなー」「えっ、でも車の中ではダメってお母さ…」「はい、出発するぞー」。
思わず笑みが出た。
明るい道。一緒に歌を歌ったり先生の話を聞いて笑ったり。車の中がこんなに楽しいなんて。
あっという間に先生のアパートに着いた。
あぁ、こういうとこだったんだ。と眺めていたら手を引っ張られて 「ダッシュで行くぞ」と走り出した。
今考えて見れば、教師が生徒を家の中に入れるというのは考えられないだろう。しかし昔はたまにあった。居場所が無い子達や問題児を先生達は家に呼んで、周りには誰にも聞かれないように話しやすい環境を作ってくれてた。それに昔は親より先生が立場が上だったから。
2回目の部屋は、どこかすっきり片付いていた。
けど、あのタオルケットがソファーの上にあるのは変わってない。直ぐに見つけ、そこにダッシュで向かった。
「それ、臭くないか?」
「臭くないよ。先生の匂い」
「なんだよそれー、俺まだ30前だぞ」
「おじさんだよ!」
コラッという顔をされたけどウキウキしていた。
「エアコンつけるから、寒くなったら言えな」
ピッと冷たい空気が出てくる。
エアコンも家には無かったから、不思議でお菓子を食べながらずっと見ていた。
先生はまた独り言を言いながら料理の準備をし始めた。
「おいおい〜お姫様ぶりが凄いな」
目を開けると、先生が顔を覗き込んでいた。どうやらまた寝てしまってたようだ。
テーブルには、麦茶と、ビール、そしてサラダとナポリタンが並んでいた。
「美味しそう!!!」「どうぞ、召し上がれ」
「いただきますっ!」
先生は缶ビールの蓋を開け、グビクビッと飲んでいる。
「お父さんは瓶ビールだったよ」
「そうだなー、あの田舎は瓶ビールかもな」
「瓶とそれは違うと?」
「どうだろなー。それよりお味は?」
「美味しい!!!」
それを聞くと微笑みながらまたビールを飲む。
以前みたいに片付けを終わらせ、先生はコーヒーに変えた。コーヒーは大人の香りというイメージ。
「さてと」
「手紙読んだよ」
オレンジジュースを飲みながら軽く頷く。
「お母さんが怖いか?」「うん」
「夜ご飯は毎日ないのか?」「うん、けど近所の人が集まる時はある。人がきたら私のもあるし、その時だけは優しい」
「そうか……」
しばらく無言が続き、煙草に火をつける音がした。
「あやみはお母さんが嫌いか?」首を横に振る。
「家にいたいか?」 また首を横に振る。
「少し時間がかかるかもしれんけど、先生に任せてくれないか?」
「まかせる??」
「うん、先生がどうにかするからそれまで我慢できるか?」
首を縦に降った。何度も何度も。
すると、あの温もりがまた身体に伝わってきた。
「何でこんな可愛い子にそんな酷い事できるんや」
「ごめんな、大人は嫌いだよな、ごめんな」
先生の身体が震えていた。私の為に泣いてくれてる?
お父さん以外の大人が泣いてくれてる…
信じて良かった。そう思った瞬間また私も泣いてしまっていた。
泣いて泣いて先生の服がビシャビシャになっても先生は抱きしめてくれていた。力強く抱きしめていてくれた。
泣き疲れて先生の腕の中でまた眠りについてしまうくらいに。安心感がそこにはあった。
続
この内容も後に沢山の事があったから、このまとめ的なものは自叙伝に書こう。
あんな安心感は初めてだった。
けど、あんな事があるなんて予想してなかった。
信じれる大人が現れると、違う大人にまた裏切られるという事、そして自分が女に生まれてきたことを呪った……そんな時期だ。
自叙伝は全然進んでないけど、ゆっくり書きます。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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