【短編小説】K地区にて④|交差点
その交差点はありきたりで、どこにでもある交差点だ。
俺が通ることはもう二度とないだろうが。
田んぼに囲まれた大規模農道をつなぐ見通しのいい十字路交差点は、正規の配達コースではなかったが、近道としてたまに俺も通っていた。
交通量は少なめで走りやすいし、夏は風がとても気持ちよかった。
信号待ちをしていると、よくカエルやカマキリなんかがぺしゃんこに潰れていた。
この仕事は一分のロスでも惜しい。ショートカットできる便利なこの道を通る回数は段々と増えていった。
信号待ちをしていると、ネズミやスズメがぺしゃんこに潰れているのを見かけた。
別の日、赤黒い染みの上に弾けた長い紐のようなものがぺしゃんこに潰れていた。その紐がまだら模様だったので、それが蛇だということに気づいた。
翌日、交差点を通ると、赤黒い染みだけが残されていた。
あまりにも生々しいので、出来ることなら記憶から消し去りたいと思った。
俺はこの頃から、この交差点を走るたびに生き物の死骸を見るのが気持ち悪くなり、次第に近道をしなくなっていった。
それからしばらくたって、うだるような暑さの日のことだった。俺は配達の忙しさと、夏の大規模農道の涼しさの誘惑に負け、例の交差点を使って近道をしようとした。
気持ちのいい風を受けながら、バイクを走らせる。
相変わらず交通量が少なく走りやすい道だ。
百メートルほど先の交差点で信号が赤に変わるのが見える。
「ここの信号には必ず引っ掛かるなぁ」なんて考えながら信号待ちをしていると、その時まで忘れていた思い出したくない記憶がよみがえった。
交差点のど真ん中で、何かの動物がぺしゃんこに潰れていた。
直視できなかったので、「何かの動物」という他ない。
おそらく、猫とかハクビシンあたりだろう。考えたくもないが。
目の前の光景にげんなりしていると、信号が青になった。
俺は左右の安全を確認し、交差点に入った。
目線を中央に戻すと、さっきまであったはずの「何かの動物」だったものが消えていた。
まさかまだ生きていたのだろうか……。それともこの一瞬で誰かが片付けた?
明らかに人影は見当たらなかったし、いくら何でもそれはありえない。
交差点には、赤黒い大量の血痕だけが残されていた。
後日、自宅のリビングで風呂上がりのコーラを飲んでいると、見覚えのある交差点が映っていた。
「本日〇〇市K地区で、午後三時頃、県道〇〇号線でトラックと軽自動車が衝突する事故がありました」
前方がグチャグチャになったトラックと、原形を留めないほどぺしゃんこに潰れた軽自動車の映像に切り替わった。さらにアナウンサーは続けた。
「トラックの運転手は軽傷でしたが、軽自動車の運転手は行方不明となっており、警察は現在、捜索活動を行っています。事故原因については、調査中です」
飲みかけのコーラをテーブルに置き、自分の運の良さに胸をなでおろしつつ、パワハラ上司をどうやってこの交差点におびき出そうか五分ほど考えてしまった。