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セルフ島流しで起きた心の変化|海士町SHIMA-NAGASHIプログラム

隠岐の海士町で開催されているリーダーシッププログラムSHIMANAGASHIに参加してきました。とても自分にとって意義のある3日間だった。内容についてというよりも、自分の心の変化について残しておこうと思う。

みんな無理矢理流された訳ではないので、「セルフ島流し」って言葉をもらってそれいいなと思った。

zoomでの事前オリエンテーションでこのプログラムに期待することを聞かれたとき、

できるだけ目的意識なく参加して、ありのままに感じたい

と答えていた。
たまたま縁があったので参加したのだけれど、何を持って帰りたいか行く前からあまり決めずに参加しようと思った。よく分かっていないからこそ、とてもワクワクしていた。

1日目~心を静めて整える時間~

1日目の内容については翌朝に書いたメモがある。

今回の参加者は大手企業から参加している方やこれから経営者になる方がいたり、40歳前後を中心に男女10名。

最初は「この場に集中できてないな」と思っていたから少し焦っていた。だからみんなと仲良くなるよりも、輪から外れて自然を感じれるようにしたり、より多くのものが感じ取れるような行動をとっていた。

1日目の振り返りで、みんなで山の斜面をゴロゴロ転がったことがハイライトだったように思う。みんなちょっと戸惑いながらもゴロゴロと転がって、転がりすぎたりする人もいてまたゲラゲラ笑っていた。

10回ほど回を重ねている研修だけれど、大の大人たちがゴロゴロ転がったのは初めてだそうだ。こんなに笑うことも仕事ではそんなないよね、と。たしかにそこで場が和んだ。

「あ、そうなんだ」

心の中で思っていた。
うちのチームなら多分もっと走り回ったり、転がってみたり、多分既に海に入ったり、それに「いい加減にして!」と突っ込んだり、もっとあり得ない行動ややり取りが起きていたとは思う。そして日常的にいつも笑ってる。
ああ、それってやっぱり普通じゃないんだと思えた。

このタイミングでプログラムの内容を教えてもらった。
「身体知→内省→対話」を3日間繰り返しながら、これらのストーリーを自分の中に腹落ちさせていくプログラム。

自分はなぜ行動するのか?
社会・会社を通じてどんな未来をつくりたいのか?
正解は分からないけど、あなたと一緒に未来をつくりたい

天気も景色も最高で、1時間以上歩いてようやく気持ちが緩んできたことを感じたのがこのときだった。

それでも初日はあまり入り込めていなかった感覚があった。
過去にリーダーシッププログラムに参加した経験も多く、どうしても日常の延長でとらえてしまっていた。

でも、後から考えるとやはり受けとる感覚を鋭くするためには、丸1日ほどかけて感覚をリセットする時間が必要だったのだろう。それがあったからこそ2日目のインプットをきちんと受け取れた。

2日目~人との対話で自分を映し出す時間~

2日目みんなでチェックインをしているときも、まだこの時間が何なのか分からない自分がいた。でも心は海と山にたくさん触れてとても穏やかだった。

2日目に何をしたかはこちらのnoteにメモがある。

町役場で聞いた話で印象的だったのは、

志はコアなメンバーで留めておくのがいい。「おもしろい、楽しい」がなければ人は寄ってこない。

これはまさしく社会起業の領域において感じていることと一緒だ。それと、「おもしろい、楽しい」という感情に従うことが、人にとって自然なんだと思う。流れをつくるには自然でなければならない。

「やらなければならない、変えなければならない」と思うことは自然の流れに反すること。だからこそ、その仕組みの変化を仕掛けるには感情がついてくるような楽しさが必要なのだろう。

ここに来ると、返しきれないくらいの恩をもらう。

3日間通して振り返って、この言葉に気づきがあった人も多い様子だった。でも、自分はあまりその言葉に響かなかった。どれくらいの恩なのかは体感した人にしか分からない。
恩を送ったり、返したり、もらった恩を次世代に渡していくことが自分にとっては日常で当たり前のことで、それは他の人にとっては非日常なのかもしれないと思った。

それを最後の振り返りの時間にもフィードバックをもらえた。
自分にとって場に主体的に貢献すること、足りていないと思ったら自分から差し出すことは当たり前だった。それはみんなのためでもあり、自分のためでもあるから。
自分も自然とそうしたいと思えるほど、今まで本当に多くの人から恩をもらってきた。それに気づくこともできたし、それは当たり前なことではないのだとも感じることができた。

とりあえず、議長席には座るよね。


後鳥羽院資料館で働く榊原有紀さんから聞いた話が、自分にとっては新鮮で気づきが多かった。
隠岐から全国の詩歌の賞に応募し続けて令和3年に宮中歌会始の佳作を受賞した方で、歌を愛している熱量や感情が伝わってきてとても楽しい時間だった。
自分は和歌についての知識はほぼゼロなので、すべてが新鮮だったけれど、自分が見た景色を他の人と共有するために表現する31音ということを聞いて、まさに「暗黙知を形式知にする」って言ってたやつだった。
言語化をしていく過程で和歌から学ぶことはたくさんある。そして、

「この3日間のことを短歌で詠んでみます!」

と約束をして終わった。

後鳥羽上皇の影響が色濃く残っている島なのだということも、話を聞く中でよく理解ができた。意図的なところとそうでないところと。
教科書の知識では「隠岐に流された」までしか知らなかったけれど、その後に海士町で過ごした18年間がこの島の風土や文化を形づくる上で欠かせない要素になっている。

有紀さんが書いたキンニャモニャ饅頭のnoteが、ちょうど泊まっていた民宿の女将さんの話に繋がり、おかげで女将さんにキンニャモニャ踊りを披露して頂けたのも面白いと感じた。


Iターンで移住してきて海士町役場でも働きながら、田んぼや魚介類の製造等を行う原孝平さんの話を聞く。

移住を決めた理由が海士町にとても関心があったというより、実にシンプルな理由だったこと。移住してきていろんな出会いの中で、たくさんの仕事を受けていること。とても興味深かった。

とにかく人に会いに行く。そこから何かが生まれる。

とても自然体でいろんなことを受け止めていく原さんを見て、

かっこいい

と思ったし、それを伝えた。

お話を聞いた後、ふと思ったことがある。

かっこいい。
けど自分には無理だ

と続く感情に気づいた。
これは憧れているのか、自分とは別の世界のものだと考えているのか。
何が無理なのか。
いや待て、どこまでできるのか。
え、自分はやりたいのか。

自分の中でそんなモヤモヤが生まれていることに気づいたのがよかった。


夕方からは、島前高校の高校生との対話の時間だった。

「話したい高校生を指名してください」と言われたとき、ふと眼差しが気になった子がいた。
1対1でお話をさせてもらったけれど、自分はこの時間をきっとずっと忘れない。

2日目のnoteにも書いたけれど、この3日間で一番感情を揺さぶられた時間だった。というか、この数年でもこれだけ影響を受けたことはないだろう。こればかりはいくら文章で書いても伝えきれない。
翌日も何度もこのときの感情を思い返して、与えてもらったものが大きいことを感じた。

高校生側からの全体の感想として「大人がこんなに真っすぐ誇りをもって仕事を語る姿を見て、自分もそうなりたいと思った」ということを聞いて、ああ、こちらから与えられたこともあったんだなと思った。
当たり前だけれど、その相互の影響に気づくことができた。

3日目~内省と対話と日常への接続~

3日目の朝。
2日目のインプットを整理しきれない感情があった。胸がいっぱいだった。整理しないまま保持しておく。きれいに言葉にまとめてしまうと、陳腐になってしまう感覚があった。朝、海を見ながら、殴り書きのメモを振り返っていた。

3日目のスタートはペアでの対話の時間。

自分は何を守るために、何を変えようとしているのか

そんな問いをもらって、2人で話している中で

「やりたいことがない」ということが何か心の中に引っかかっている

というようなことを自分がいつの間にか話していた。

全然そんな風に見えないよ。一人で勝手にどっか行くし。

たしかに。そりゃそうだ。
ああ、周りからみたらそう見えているのかと思った。

「今は夢がないけれど、いつかやりたいことが見つかった時のために耕し続けている」と言っていた人がいた。それに近いかもね。

そんな話を聞いてふっと心が軽くなった気がした。

地理は風土を生み出し、風土は人をつくる

ベックさんから司馬遷の言葉を聞き、海士町の成り立ちを聞いて、体感して、なるほどと思った。
「風土が人をつくる」はよく耳にしていたけれど、「地理が風土をつくる」ははじめて聞いた。いや聞いたことはあったかもしれないけれど、そのときはピンとこなかったのだろう。

そっちの方がよっぽど大事やんか。
借り物の風土づくりなんて意味がない。地理が風土を生み出すのだから。
会社における地理を無視して風土づくりなんかできっこない。


最後の2時間はこれまでのインプットを元に振り返る。

自分が願う未来は何か。そのために自分は何ができるのか。

これまで何度も考えてきた問いだ。
そして、この問いが苦手だった。自分が強く願う未来なんて、ない。
何度考えてもしっくりこない。

海に足をつけながら、砂浜を歩く。
ふと思いついた言葉を立ち止まり、海の中でノートに書く。
感情を出せたと思ったら、また砂浜を歩く。
また立ち止まってノートを開く。

そんなことを1時間以上繰り返していた。

「なかなかおもしろい光景だったよ」
と言ってもらえたけれど、歩くことが自分の中で考えをまとめていく上で大事なんだとあらためて思った。

そして穏やかな海の中で、時折強くなる波が自然を感じさせてくれた。

ないものは、ない

海士町のこのキャッチコピーが、ここに来る前からいいなぁと思っていた。

海を見ながら、歩きながら、風景を見て、その言葉が頭の中を何度もよぎる。

「海士町ってこんな魅力がある島だ」
そんなことを言うより、「ないものは、ない」の方が自然体で、かっこいい。島の人に会って、その自然体で楽しそうな雰囲気が魅力だった。

つらいこともある。楽しいこともある。
ないけど、すべてがある。それがかっこいい。

自分がやりたいと強く願うものなんて、ない。
ないものは、ない。

でも、自分の中で沸き起こるたくさんの感情はある。
あり余るほど、ある。

ふと気づく。
ああ、単純に一つの言葉でまとめたくないだけなんだな。

「この人はこういう人」と単純な見られ方をすることが嫌なんだ。
それを自分でも「自分はこうだ」ととらえることが嫌なんだ。
いま書いている中であらためてそう思った。

願いはたくさんある。やりたいこともたくさんある。
ありすぎるほど、ある。日々無限に湧き出てくる。

それでいいんだ。
それがダサくないんだと自分で思えた。


自分に何ができるか。

この辺りはまだみんなの前でシェアしたときには言葉が整理できていなかったけれど、
「ダサい仕事をなくしたい」
そんな話をした。

これは他人から見たダサいではなく、「自分がダサいと思いながらする仕事」を社会からなくしたい。
そんな話をして、フィードバックをもらって、大阪までの帰り道で一つの言葉にした。

あなたには、あなたの仕事を

人口が激減していく中で、人がしなくていい仕事はたとえ手が空いていたとしても、人がやってはいけない。
もっと自分が活きる仕事をしてほしい。そのために自分たちを頼ってほしい。

そのために、自分たちの会社ができることはなにか。
税務、会計、クラウド、DX、起業支援、、、海の中で挙げているうちにつかれた。やめよう。

ときに強くなった波によろけながら、思った。
くそ、なんやねん。

そしてふと思った。

力になれないことなんて、ない

うちは、特に社会起業の文脈において、頼られれば正直言って「一つも力になれないことなんてない」。

いや、ないものは、ない。
たしかにうちのメンバーだけではできないことはある。たくさんある。
でもだからといって、頼りにされたときに「何も力になれません」という返事はない。
したくない。

なんなら話を聞くだけでも力になれるだろう。
誰かをつなぐことはできるだろう。

うちのチームは、どこまでがうちのチームかよく分からない。
確かに税理士が軸ではあるけれど、これまで本当にたくさんの社外の人に恵まれてきて、そんな人たちになにかしら相談して力になれないものはないと思うほど、豊かな関係性の中で成り立っている。

力になれないことなんて、ない

いつまでもそう言い切れるような強さをチームでも育んでいきたいし、豊かな関係性を紡ぎ続けていきたい。

ないものは、ない

そんな海士町の風土に触れながら、借り物の言葉ではなく、今の自分に腑に落ちる言葉が見つかった。

・支援された側に対して、恩着せがましくない支援ができると思う。
・原さんと同じような自然体に見えている。

そんな言葉に勇気をもらい、3日間を終えた。

自分のリーダーシップってなんだろう。
そんなことを頭に浮かべた初日だったけれど、帰るころにはそんなことどうでもよくなった。

リーダーシップって、周りが感じるもの。
ないわけがない。
周りに対する影響力だから、無理に自分で言葉にする必要はない。

最後のフィードバックでそう言われた。そうだったのか。
え、そうなの?
ちゃんとリーダーシップについて勉強してきたらよかった。

そしたら何を探しに来たんだっけ。まぁ、いいや。
いろいろと肝が据わった気がした。

「たまたま」という言葉を繰り返した原さんは、「たまたま」を生み出すためのコミュニケーションを仕掛けて回っていた。それも彼のリーダーシップなんだ。

山でゴロゴロ転がってみること、議長席に座ってみること、お菓子を配って回ること、1人の時間を勝手につくること、短歌を詠むと約束すること、こうしてnoteに感情を書き出すこと。
こうした行動が周りに与える影響力が自分なりのリーダーシップなんだろう。

この3日間でたくさんの笑顔が見れたということは、互いにそういう影響を与え合えたのだろう。
リーダーシップって、周りが勝手に感じるのだとするなら、自分がダサくない仕事をし続けるだけだと思えた。


そして、最後に有紀さんとの約束通り、みんなの前で短歌を詠んだ。

自らの 姿を映す 人と海
ダサくなるなよ でしゃばっていけ

町政のスローガンである「心一つに、みんなでしゃばる(引っ張る)島づくり」から言葉をもらいました。
恥ずかしいけど楽しい。
短い言葉にまとめるのはいい訓練になりそうなので、また時折詠んでみます。

こうして3日間を終えた。
こんなに読んで行った気になる人もいるかもしれないけれど、そのときどきでプログラムは変わるそうなので大丈夫。そのときの自然、そのときのメンバーで全く違う場になる。

そして、そのときの自分の状態で感じるものが違うから。
対話や内省を深いレベルでおこなえる仲間と一緒につくった、感情がこぼれるプログラムだった。

帰りは全然寂しくなかった。
また来るし、すぐまた会えると思ったから。
「行ってらっしゃい!」と船に向かって声をかけられたので、また海士町に帰ってきます。

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田中 慎
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