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掌小説「銀河の道」

Date 20??.10.7
Place 魔術劇場

ショーに出る前、この国でトップの起業家であり投資家が、私に一本のひかる小さな棒を買ってくれた。
彼は、
「君は、今これが欲しいのだろう」
「たかだか数千円の光る棒を」
「今この瞬間に、しかしここでそれに気がつき君に差し出せるのはどうやら私ししかいない。」
「私の口座にはいくら入っていると思う?」
「数千億?」と私はいう。
「数字はもはや問題にならないのだよ」
「で、私は君に提案するが、この数千円のひかる棒の代わりに、普通だったら数千万円する私のコンサルを受けるのはどうかと。」
「・・・」
「だが、君は断るだろう。私はそれを手に取るように感じる。」
「では、この緑に光る棒を持っていけ」
私は、その緑の棒を持つと、右の小さなポケットに入れた。
投資家の彼が、このクラブのステージで、DJからマイクを借りると、私を指差していう。
「彼が今日、なすことをみよ」
「君は、今、不思議なほどに冷静で、同時に深い燃える炎の中にいることだろう?」
彼が私に向かってアイコンタクトを送った。私はこくりと頷き、その場を後にしようと左後ろの出口に向かって歩きはじまた。
「イエス!彼に栄光あれ」
彼が、私を指差し、マイクに向かって大声で叫んだ。
周りの客たちは、何が起きているのかうまくわかっていなかった。だが、あの起業家が、壇上からエールを送っている私に、見知らぬ様々な人種の皆が、波に乗るようにして、「Good Luck. God bless you. You can do it.」と声をかけていた。

そして、それがなされる事を私は知っている。最後の舞台道具が、この緑の光る棒だった。
全てのパズルが、宇宙のカラクリがカチ、かち、カチとはまっていく小気味よい音が聞こえる。図太く重たい劇場型のクラブのドアーを二つ開けて、私はメインステージの会場へと向かった。
アスファルトの道を、数歩歩いた先に、入り口がある。涼しい風が、私の剥き出しの足を程よく冷やす。
私は、そのまま、会場に入っていった。
すでに、バンドメンバーは、列に並んで、待っていた。私は、ちょうど私が来るべき並ぶべき人の次に、着いたようだった。
メンバーでもある、妻が駆け寄ってきて、
「間に合ったね」
と、声をかけてくれる。
私は、緑の棒と、ほんの数センチしかない短いスカートと薄いパンツと、白シャツという今までにない取り合わせの衣装を纏う姿が、黒い長いコートの中に隠れているのを見せた。一瞬の迷いなく、
「最高だね」
と私に言って、
「あ、もう始まる」
と私の手をとって、ステージ上のものすごい光量の照明の中へと二人飛び込んだ。
最初に、ドラムが、聞こえた。そしてベースも唸る。ギターが、揺れた。
私たちは、歌うことになっていた歌を歌い終えた、と同時に私は弾いていたピアノの椅子から飛び降りて、マイクを片手に、黒いコートを脱ぎ捨て、私は壇上から客席に伸びる細長い道へと躍り出た。突然のことに、一瞬ドラムとベースがこちらを伺う、私は、そのまま続けると念じる。彼らは、腹をきめ、ビートが高鳴る。私は、間髪入れずに、歌い出す。

ここから始まる
俺たちのミュージック
過去も未来もない
今ここのすべてに
それは光 それは命 それは世界のこ と わ り
未だかつて誰も見たことのない人類の可能性
そうだ、立ち上がれ
いのり続けた人々の声が聞こえる
人間はそんなもんじゃねえって
人間は、そんなもんじゃないって!!
俺たちの鼓動を今も叩き続ける
そのおとの正体、君は知っていのか
ここまで命を運んだ
運命ってやつと、
命に宿る宿命ってやつの
果てしないあんさんぶる!
それを揺さぶる宇宙のオーケストラ
今も君に流れる、コンコンと流れ続ける、
その血脈の正体、それは、君が、ここにいる宿命
運命、それでいて、道標
俺たち、それに気がついて、ここで君である私にも伝える
俺たちは元々一つの命、
だが、それぞれの宇宙を描けるほどのとめどない存在、
そんなこと自明?
それなら何を恐れる?
終わることを知らねえ
俺たちのミュージック
未だかつて見たことのない景色
それはずっとここの中に、
うちなる聖殿の中に、
ずっと描かれた黄金の時代
俺たちが生きる
ひとみけし
あまたぼろ
ことろけし
ふかしみち
一緒に観に行こうぜ

私は、力の限りにいくつもの詩を歌うでもなくただ言い続けた。細長い客席の真ん中へ伸びる道は、どこまでもどこまでも私が歩けばそこに道ができるように次々に伸びていった。この道には、銀河が織り込まれていて、私は、その光を感じ取って、また言葉が生まれていった。
道を双方から見つめる客は、時間が止まったようにしてじっと座り、その様子に見入っているようにも、何も見ていないようにしていた。置き物のように。
私は、次々と照らされ、暗闇から銀河の道へと変貌するままに進んでいた。
自分が進んでいるのか、道が向こうから流れていくのか、もう区別がつかなくなっていた。
私がもう何を言っても、そのままに世界の創造であり、破壊であることを節々に感じられた。
ショーの喧騒は遠のき、私は、ただただ歩き、声を発し続けている。
前方から、ヌッと巨大な光が、差し込んできた。数歩進むたびにその光は強く、直視できないほどになっていった。
暖かい。ああ、太陽だ。世が明けたんだ。朝なる世界、黄金時代の幕開けだ。俺には、もうこの緑の光る棒も、奇抜な衣装も必要ない。裸のままに、裸足のままで、走ろう。

目を瞑った、まま、私は、太陽の中へと、走っていった。


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