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夏 第447回 『魅惑の魂』第2巻第3部第127回

 マルクはその夜、かなり遅く戻ってきた。母とは別に楽しんだ自分のこと、そして母を一人にして遅くなるまで待たせたことを後悔していた。アネットが彼が帰ってくるまで寝ないで待っていることを彼は知っていたからだ。そして母は冷たい目つきをして自分を迎え入れるだろうと予想していた。彼の行いが悪いものだったとしても、彼自身はそう思っていた、この理由から階段を昇るときから、すでに反抗的な態度をとっていた。口元に浮かべた笑みは、自分を正当化したい気持ちが創りだしたものに過ぎず、その底では自信が持てずにいたのだった、そうして玄関のマットの下に隠している鍵を取り出してドアを開けた。何の変化もなかった。廊下にコートを掛けながら待っていた。静かなままだった。足音を立てないようにつま先立ちで自分の部屋に入った、そして静かにベッドに横になった。気持ちが軽くなった。大事な用は明日に済ませればいい!  だが、服を脱ぎ終わらないうちに不安が彼を襲った。この不動ともいえる静けさ、とても自然なこととは思えなかった… 彼の想像力は母親に似て、いろんなことを思っては重ねていく活発なものだった、すぐに心配になってしまうしまうのだった… 何か起こったのだろうか… 今日の夕方、今から数時間前に、隣の部屋で嵐が猛威を振るったことなど、彼が知っているはずもなかった。だが彼にとって母はわからないところが多く不安になってしまった。彼女が何を考えているのか、ほとんどわからなかった… 心配になった彼は、下着だけのまま裸足はだしでアネットの部屋のドアの傍まで行って耳を押しあててみた。彼は安心できた。彼女はいた。深い眠りに入っているのだろうか、荒い息が聴こえていた。母が病気になっているのではと心配になった彼はドアを少し開けて、ベッドに近づいていった。街灯からの灯りで母を観ることができた。仰向けに横たわった彼女の頬に乱れた髪が見えて、かなり疲れはてた後のように観えた。それはかってシルヴィも戸惑わせた、悲痛な表情だった。呼吸は荒々しく、身体を抑圧するかのように胸が持ち上がっては崩れ落ちていた。マルクはそこに疲弊と苦悩に満ちた肉体を観たようで、恐怖とともに憐憫に襲われた。枕にもたれかかって、低く震えた声で彼は呟いた。
「お母さん…」
 まるで眠りの遠い彼方で、その呼び声を聞いたかのように、彼女は自分から脱するための力を注ごうとしているように呻き声​​を上げた。子どもは怖くなってそこを立ち去っていった。彼女はもとのように不動に陥って行った。部屋に帰ったマルクは寝床に入った。その年齢の症状が関心を他に移してしまい、その日の疲れが彼を圧倒して、彼の心配は消えてしまった。彼は朝になるまでぐっすりと寝ていた。

つづく

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