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母と息子 第6回『魅惑の魂』第3巻第1部 第6回

 この家の借家人たちに互いに似たものは、まったくいなかった。信仰、伝統、気質が異なっていた。それを宿す魂の細胞のそれぞれが、これらの家族特有の化学式で形成されていたのだろう。しかしどの細胞も犠牲を受け入れる点では差異はなかった。
 どの家族も息子を愛していた。フランスの家族の大半がそうだと言われるように、彼らはすべてを息子たちに託して一切を築いていた。これらの家族の息子たちはすべてが、人生が始まったばかりの、二十五歳から三十歳だった。これまでの漠然とした日々をようやく脱して、まだ体験していない喜びや抱負を実現する時期に寸前だったのだ。だが時代がそれを諦めることを求めた。最初に召集が届いたときにはどの家族も、息子たちに抗弁することなくそれを伝えなければならなかった…
 五階に住んでいるのは未亡人のカイユー夫人だった。彼女はもうすぐ六十歳になるところだった。息子が八歳から九歳になるころに父親は亡くなった。そのとき彼女は三十三歳だった。それから二人は一緒に暮らして、離れることはなかった。この十年ほどは、彼らが同じ屋根の下に居なかったことは一日もなかったのではないか。それは周りからは老夫婦ようにさえ観えた。カイユーの息子のヘクターはまだ四十歳前なのだが、退職した役人の雰囲気を持っていたからだった。彼の人生は始まらない前に終わっていた。だが自分の運命に不平を、彼は言わなかった。彼には今のほかにもう一つを望むような気持もなかったのだろう。

つづく

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