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母と息子 第7回『魅惑の魂』第3巻第1部 第7回

承前

 父親は郵便局員だった。息子もそうだった。こうした例は他にも多くあった。一つの世代から次の世代へと、進歩もなく同じ地点にいることに気づかされる。しかし同じ地点に留まっているにいるにしても後戻りしないということは、かなりの努力を要するものなのではないだろうか? 弱くて恵まれない人たちにとって今を維持することも、獲得するための努力が必要なのだ。この母親には息子を育てるための必要な十分な資力がなかった、だから彼女は日雇女として働らいて息子を育てたのだった。それは下級ブルジョアといわれる家庭で育つしかなかった者には、かなり辛いものだった。しかし彼女が不平を言うことはなかった。今では、二人は一度失われたささやかな楽園に戻っていた。彼女にとって働くことが休息でもあった。それは自分と息子の慈しみ源だったからだ。彼が居るところにわが家がある、そう思えたのだろう。日曜日には必ず教会に行く彼女だが、縁がある婦人帽を被っていた。けれどもベリー産の可愛い牛を思わせる彼女には、ボンネットのほうか似合いそうに思えた。歯が抜けた大きな口が、大声で話すことは決してなかったが、息子やその知合いには疲れていても、愛情深い笑顔を浮かべるのだった。背中は少し曲がっていた。一番早く起きるのは彼女で、朝に息子のベッドにミルクが入ったコーヒーを持って行ってやる。息子が仕事に出ているときには、丁寧に家を片付ける。その後は食事の準備が始まる。彼女はとても料理が上手で、息子はとても食欲旺盛だった。食後には、彼は日中の出来事を彼女に話して聞かせた。彼女はよくは聞いてはいなかったけれど、息子が話していることがとても愉しいのだった。

つづく

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