母と息子 74『魅惑の魂』第3巻 第2部 第2回
汽車がしばらく止まることになった、駅の外に出たアネットは、近くで工事現場を囲むフェンスの周りに群衆が大騒ぎしながら群がっているのを目にした。そこには捕虜として護送されてきたドイツ兵の群れがあった。家畜のような扱いを受けながら、一週間くらいかけて護送されてきたもので、これから先も、どこにいつ到着するかもほとんど分からずに、そこに駐車していた。それは、護送する側にも考えなければならないことが、多かったからだった。この小さな町の住民のほとんどが、男も女も子どもも、檻の中の獣を見るために殺到していた。それは、まるで通りすがりのサーカスを観ているようなものだった。無料の見世物だった。捕虜たちは疲れ果ててしまっていて、砂利の上に寝転がってしまっていた。彼らのほとんどは、言葉も感覚も失っているようで、フェンスの隙間から嘲笑の眼差しで彼らを覗いている眼に対しても、濁った眼を悲し気に投げ返すだった。何も考えない陽気な連中が呶鳴りたてて唾,を飛ばしていた。捕虜の中に発熱し具合が悪いものもいた。彼らは虐められた犬のようだった。羞恥と憎悪をかき立てらながらも、臆病そうに震えるだけだった。その皮膚には、寒い雨の夜に患ったと思われる赤癬が見えていた。囲いの隅だが彼らは、だれからも観える場所で用を足した。それを観る観客からは大きな笑いが聴こえていた。女たちの金切り声と、子どもたちの甲高い声が周りを覆っていた。彼らは愉快でたまらずに、太ももを叩き、腰を振り回し、身をよじらせ、喜びの頂点で口を不格好に大きく開けていた。それでも意地悪な気持ちを持っているわけではない。人間性がまったく無くなっているだけで、野獣の狂喜を楽しんでいるだけだった… いつの時代でも野放しにされた群衆の笑い声が野獣のものなるのは、いまさらのことではなかった。傍から観ればそれは恐怖の集いでしかなかった。柵の周りにはゴリラがいるだけで、人間を探すことはできなかった。
汽車に戻りながら、アネットはその幻覚に嫌悪を抱いていた。周りの人たちの毛むくじゃらの顔とともに、自分の腕のブロンドの産毛を憎むように見つめていた。
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