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夏 第450回 『魅惑の魂』第2巻第3部第130回

 彼が出かけようとしたとき、屑籠の中の一枚の紙片が眼に止まった。その引き裂いた紙を、遠くから何も考えずに観ていた、小鳥の猛禽のような鋭い彼の眼差しが、いくつかの文字を読み取った… 彼は立ち止まってしまった… ここに書かれている言葉… それは母の筆跡日遺跡だった… 彼はそれを拾い集めた。夢中になってそれを読んだ… 最初は順を追うこともなく断片の一つひとつを… 炎を放って燃える言葉!… 切り裂かれた断片では、その勢いが中断されている、しかしそこには人を引き付けるものが埋れているように思えてならなかった… それを一つにまとめるために彼は屑籠を調べた。最も小さな断片までのすべてを、彼は取り出した。彼の忍耐力が、それを完全に元に戻すまで持続していた。彼は手にしていくものを見て震えていた。そこの愕く秘密が隠されている、そう思えてならなかった。すべてがもとに戻されると、書かれた詩の全体を把握することが可能となった、そして彼はそれを観たとき驚愕している自分に気づいた。書かれていることが彼に理解できたわけではなかった。しかし、この孤独に観える歌からは野性の狂熱が見えてくるのだった。まだ彼が知らない情熱と源泉が、そこに示されているではないか、そうした気持ちが沸き上がってくることを覚えた、彼は高揚しながらも押し潰される気分に浸されていた。この嵐の中からの叫びは、母の胸から出たものなの… いやいや、そんなはずなんかない! 彼はそれを望まなかったのだ。彼女が何かの本から書き写したのだとかれは自分に言い聞かせた… それはどの本なんだ?… 彼女にそれを訊くことはできなかった… もしそしてそれが本からのものでなければ、いったいこれは何なのだろうか?… 涙が溢れてきた。この感動、愛を叫びたい、情熱のすべて投げ出して、母の腕の中に、母の足元に身を投げて、母に自分の気持を伝える、そうして彼女のほんとうの心を読みたかった… けれどもそれは、彼にできることではなかった…

つづく

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