心のドミノ倒しを防ぐ

私は現場の話を聞くのが大好き。教育一家の知人によると、とある地方の偏差値最底辺の高校と、幼児教育の現場で問題のケースに共通点が。その高校は圧倒的に男の子が多く、母親が過保護・過干渉。幼児教育で問題と感じるのも、過保護・過干渉の母親と息子のケースがほとんどという。

「過保護・過干渉の母親と息子」の問題について回るのが父親の無関心。たとえば産後の三時間おきの授乳期は、精神も肉体もボロボロになるほど母親は睡眠欠乏に陥るけど、この時に夫は「ずっと家にいるんだから家事くらいやれよ」とムチャなことを言う。それでいて育児には全く手を貸さない。

自分が一番つらいときに助けなかった、それどころか突き放すようなことを言った、という怨みが生まれる。育児に無関心な夫だとこの状況が生じやすい。そして子どもが息子だった場合、一定割合で「夫みたいな男性にならないように、理想の男性に育つように」とのめり込み、過保護・過干渉になるみたい。

で、過保護・過干渉の母親と息子というケースの一部が、息子の能力開発に影を落とす場合があるようだ、という。
夫の無関心以外で、息子とは限らない場合で母親が過保護・過干渉に陥るケースとしては、自分ができなかったことを子どもで取り返す、というリベンジ(復讐)が見られるという。

夫の無関心にしろ、自分が果たせなかった夢を子どもで実現しようとするケースにしろ、怨みがエネルギー源となり、それが母親の、息子あるいは子どもへの過保護・過干渉になるようだ。そして過保護・過干渉でも学力が高くなるケースがある(子どもが娘だったり)が、息子だと潰れるケースが多いらしい。

知人は「母親が楽しむこと」を提案している。アイドルの追っかけでもよいし、何でもよい。息子に全集中しがちなエネルギーを分散させることで、息子(子ども)を窒息させないことが大切だという。過保護・過干渉は、子どもが息子の場合、能力開発が阻害されるケースが確かに目立つ。全部じゃないけど。

でも本来は、夫が子育てに関心があり、妻がつらいときに無関心でいずに、二人で解決するという姿勢を持っていれば、母親は気持ちにゆとりが持て、息子に全集中(過保護・過干渉)せずに済む、余裕を確保できる。男性の子育て無関心は、母親が過保護・過干渉に陥る大きな原因のように思われる。

こうした「心のドミノ倒し」は、最初のドミノを倒さないことが肝腎。私の知るケースでも、「お前が過保護・過干渉だから息子をダメにした」と母親を責める父親がいるけれど、いや、あなたが最初に育児に無関心でなかったらこんなことにはなってないんですが?と思うことがある。

全部が全部、説明できる訳じゃなく、様々なパターンはあるのだけど、「よくあるパターン」というのは存在し、よくある「心のドミノ倒し」は、最初のところから似ていたりする。父親の子育て無関心、無協力というのがけっこう根の深い原因だったりする。

「子育ては妻に任せていた、自分はノータッチ、だから子育ての失敗は私のせいではなく、妻が原因である」と主張する男性に出会うことが私も何度もあった。しかしどうやら、父親の無関心・無協力こそが、母親の過保護・過干渉の原因である、と思われてならないケースを実によく見る。

マザー・テレサは、愛の反対の言葉は憎悪でなく、無関心だと言ったという。無関心は何もしていない無作為だと捉えられがちで、だから「オレは何もしていない、だから何も悪くない」という自己弁護になりがちだけど、私は、無関心は立派な作為的犯罪であると感じている。その責任は重い。

最近の若いご夫婦は、実に子育てに前向きで、素晴らしいと思う。私の世代とは様変わりだな、と思うのだけど、育児に関する悩みを聞くと、いまだに育児に無関心な父親はいて、母親を絶望に叩き落とすケースがあとをたたないらしい。これ、そろそろ真剣に考えた方がよいように思う。

職場の理解も重要だと思う。古い世代(あえてそう言わせて頂く)の男性は、あいも変わらず「育児は妻に任せっぱなしだった、だからお前も」と、部下に同じ文化を押しつけがち。深夜まで働かせられて、男性が育児に参加できないようにするのも、大きな原因。

昔と今とでは、社会状況が違いすぎる。昔は子どもを持つ家庭が多く、助け合いもしやすかった。しかし少子高齢化で、子どものいる家庭が近所にいない場合が多い。転勤族が増え、地縁もなく、遠く離れた親族の助けも借りにくい。夫以外に育児を一緒にやる人材がいない社会状況。

育児を社会全体で支えるようにしないと、どこかにしわ寄せがいく。恐らくだが、過保護・過干渉の母親が息子を潰すケースは、「結果」であって「原因」ではない。それはしわ寄せがそこに集まりやすいから。原因は男性(夫に限らず、会社の上司も)の子育てへの無関心ではないか、という気がする。

社会全体が、ガンバリズムから脱却し、楽しむ、面白がる、にスライドした方がよいと思う。日本経済は恐らくこれから苦しい局面に入ると思う。しかしそんな局面をガンバリズムで乗り切ろうとすると、全員が潰れる。明治維新や戦後復興の成功体験に縛られず、現在の日本だからこその脱却法が大切。

ガンバリズムを脱却し、ゆとり、余裕をこじ開けて、楽しむこと。面白がること。そこから活路を見いだせるのではないか、と予感する。この予感は、私だけではないように思う。なぜそんな「予感」がするのかは改めて言語化したいが、ともかく、余裕を奪うガンバリズムは、悪循環の原因。

「心のドミノ倒し」を防ごう。そのためには、夫の子育てへの無関心問題にまずは手をつけよう。もし社会的環境が原因になっているなら、それを改善しよう。心のドミノ倒しは、上流にさかのぼって解決すると、より容易になる。ぜひみなさんも、ご協力頂きたい。

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