日本男性を口下手にした「呪い」

東海道中膝栗毛や、古典落語を読むと、昔の男性は軽妙な会話がうまかったんだなあ、と思う。下町の大家と店子とのやり取りとか、男性は決してコミュニケーション能力が低い生き物ではなかったように思う。「逝きし日の面影」や「忘れられた日本人」を読んでも、幕末明治の男は結構おしゃべり。

ところが現代は。NHK「ためしてガッテン」で、男性数人と女性数人をそれぞれ別の部屋で待機してもらって、どうなるか実験。「出番が来るまでお待ちください」。男性ばかりの部屋では、「遅いですね」「そうですね」の二言が流れた後は、無言。他方、女性ばかりの部屋では。

「どちらからいらしたの?」から始まり、会話がどんどん弾んだ。見ず知らずの人同士でも、会話が大盛り上がり。男性部屋では沈黙が支配しているのと好対照。
少しテコ入れしようと、スタッフが「お待たせしてすみません、出番までもう少しかかりそうなので、ケーキでも食べてもう少しお待ちください」

男性部屋では「おいしいですね」「そうですね」の二言が出た後は無言。結局、ケーキとコーヒーで会話を盛り上げるテコ入れはできなかった。
他方、女性部屋では、ケーキとコーヒーでさらに下の滑りが良くなり、さらに会話が弾んだ。
ここで実験終了。

実は、男性ばかりと女性ばかりの部屋のそれぞれで何が起きるかの実験だった、と種明かしされ、苦笑いする男性たちと、「あらー、スタッフの人たち、聞いてたの?何かまずいこと言っていないかしら~!」と、キャアキャア笑いさざめく女性たち。きれいに好対象になった。

かつては男性も、見ず知らずの人とすぐ親しくなるテクニックを持っていた。同じ渡り船に乗った者同士で「お国はどちらで?」から始まって、会話が盛り上がるシーンは、様々な作品で描かれている。昔の男性はかなり人懐こい人も多かったようだ。なのに、なぜ?

私は、日露戦争後の鉄拳制裁が、男性をコミュニケーション下手にしたという仮説を持っている。
日露戦争のとき、戦闘から逃亡する兵士が少なくないことに業を煮やした軍部が、鉄拳制裁を兵役に導入し、上官の命令に従うのは絶対だ、という文化に変えたらしい。

よけいなことをしゃべっているだけで殴られる。上官の機嫌が悪いと殴られる。理不尽な理由でも殴られる。殴られても上官の命令は絶対で従わなくてはいけない。そうした訓練を徴兵制で健康な男性は全員味わうことになった。この時、「男は無駄口をたたくものではない」という文化が浸透した様子。

それでも下町にはまだまだおしゃべりな男性がたくさんいた。商店街には世話好き、おしゃべり好きの男性がたくさんいて、男性のコミュニケーションスキルはそこでまだ生き残ってはいた。しかし、大店法の廃止が息の根を止めた可能性がある。

大店法が廃止となり、大規模郊外店が各地にできると、全国各地の商店街はシャッター街に変わり、小店舗が次々に店じまいした。すると、地元経済を支えていた、おしゃべり好き、世話好きの男性が地域社会から姿を消さざるを得なくなった。

さらに中小の工場も中国などに移転が相次ぎ、「小さいとはいえ一国一城の主」と誇りをもって生きてきた人たちが地域からどんどん減っていった。すると、この人たちがなんとか引き継いでいた、男性なりのコミュニケーションスキルが伝達できなくなっていったように思う。

小規模店舗や小規模工場を継いで独立するという選択肢がほぼなくなり、どこかの企業のサラリーマンになるしかない、という働き方に変わると、男性は仕事の上でしかコミュニケーションしない、という環境に置かれるようになってしまった。仕事以外の内容で何を話せばよいのかわからない。

大店法の廃止と中小工場の海外移転が、下町で引き継がれていた男性のコミュニケーションスキルを、ついに根絶やしにした観がある。見知らぬ人とでもコミュニケーションをとるという文化を失ってしまったのが、日本男性のこれまでの歴史ではないか。

今の日本社会は、「縄のれん」状態であることも、コミュニケーション能力を取り戻すことを難しくしている。どこかの企業の勤め人である、という社会は、たとえ隣に住んでいる人でも、ほぼ縁がない。隣の人は別の企業の勤め人、自分も勤め人、つながりは企業が国に税金を納めている、という点くらい。

隣同士で距離がとても近くても、そのつながりは縄のれんのように、はるか上部のところのつながり。ほぼ無縁。そうした社会では、コミュニケーションスキルを磨こうにも、つながるのが難しい。何を話せばよいのかもわからない。訓練する場がない。

他方女性は、男性のように文化断絶するようなことを経験せずに済んだためか、男性と比べればコミュニケーションスキルを維持できる文化が残っている。それが、「ためしてガッテン」の実験での落差になったのかもしれない。

日露戦争後の軍隊文化が、男性に「余計な無駄口を叩くな、みっともない」という「呪い」をかけ、さらに大店法廃止で小規模店舗がつぶれ、海外移転で中小工場がなくなり、地域の男性によるおしゃべり文化が引き継がれなくなってしまった。これが日本男性の口下手の原因では。

男性の口下手を、単純に性差とは片づけられない。歴史的文化的影響で、男性が口下手になった可能性がある。ならば、新しい文化環境を生み出すことで、男性のコミュニケーションも改善を図ることができるのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?