MMTと「『お金』崩壊」

4月1日の夜に行ったMMT勉強会。「『お金』崩壊」の著者、青木秀和さんにご説明頂く形で進めた。少し日が経ったけれど、青木さんのお話を受けて、MMTについて現時点での考えをまとめておこうと思う。

「MMTがよくわかる本」を下敷きにして勉強会をしたわけだけれど。MMTは、思った以上にまじめに貨幣のことを考えている理論だ、というのが分かった。どうやらMMTについてはいろんな論者がいるようなので、それらの人すべては支持できないけど、この本の著者なら聞く価値あり。
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青木さんからは、二つの事例紹介があった。ジョン・ローと、ドイツマルクのハイパーインフレ。MMTを考える上で、重要な示唆がある、ということで。
ジョン・ローは、フランスで初めて、完全に信用だけで成立しているお金(不換紙幣)を発行した。最初、この試みは非常にうまくいった。

けれど、結局そのお金は暴落した。この経済混乱の中で、お金持ちはよりお金持ちに、中間層は没落して貧乏人はより貧乏に、と格差が拡大する結果になり、のちにフランス革命が起きる素地を作ってしまった、と言われている。

ハイパーインフレを起こしたドイツマルクも、金(ゴールド)などの実物との交換をやめた、信用だけで成立しているお金だった。ジョン・ローのお金も、この時のドイツマルクも、政府への納税で使えるとすることでお金として認められていた。この点は、MMTが主張するお金がお金として流通する理由。

第一次大戦後、ドイツの中央銀行が民間銀行に変わった。このとき、貸し出しを野放図にするようお金持ちが仕向けた。すると、市場にお金があふれ、ドイツマルクの価値はどんどん下落。ドルなどの外貨との為替で儲けるやつが出て、さらに下落に拍車。ついにマルクの価値は1兆倍にまで下落。

ところが、レンテンマルクというお金を新たに発行すると、ウソのようにハイパーインフレが終息した。レンテンマルクは、ドイツの地代請求権(年貢みたいなもの)とひもづけた。その結果、実際に価値あるものとの交換を約束したので信頼された(発行量も制限した)。

ジョン・ローのお金も、ハイパー・インフレを起こしたマルクも、実物の価値あるもの(たとえば金とか土地とか)とひもづけていない、完全に信用だけで成り立っていたお金だった。そしてこうした信用だけのお金って、投機にひどく弱い。

MMTが論ずるのも信用だけで成り立つお金であり、投機に脆弱な問題が解決できていない、という点が青木氏の指摘。なるほどなあ、と思う。
MMTは、現代のお金は信用だけで成立している、とみなして論を展開している。しかし、現代のお金は、必ずしも信用だけで成立しているとはいいがたい。

アメリカのドルが世界中で信頼されているのは、アメリカが大量に保有する石油などの資源や、食料生産力があるから。お金と交換できる財やサービスがあるという信用があるから、ドルの価値が保たれている面がある。

それにもう一つ。ドルがここまで信用されている理由の一つは、「石油兌換紙幣」だから。ニクソン大統領の時代、キッシンジャーがサウジアラビアに赴き、密約を交わしたと言われる。石油の売買は必ずドルで、という密約。

この時から比較的最近に至るまで、石油を買おうと思ったらドルでなければならなかった。そうなると、日本のような国は自動車などの製品をアメリカに輸出して「これでドル札下さい」となる。それで手にしたドルで石油を購入することができる。これと同じことを、世界中の国が行った。

アメリカはサウジアラビアをはじめとする中東に巨大な軍事力を置き、にらみを利かせる。サウジアラビアなどの産油国は、その見返りに石油はドルでしか売らないと約束する。石油を買いたい日本のような国はアメリカにモノを売ってドルを手にれる。そのドルが産油国に流れる。こうした循環。

イラクのフセインは、ドルでしか石油を売らないという仕組みに挑戦しようとしてにらまれた、とも言われる。現在はドル以外のお金でも石油の購入は可能なようだが、そうはいってもドルで決済されるのが通常で、どうやら、ドルは「石油兌換紙幣」として機能している面が今もある。

世界で最も流通しているお金、ドルが、石油のような価値のある実物とリンクすることで価値を保っているという現実がある。しかしMMTはその点を軽視、あるいは無視して、完全に、「政府への納税に使えるから価値がある」という点だけで価値が保たれる、信用だけのお金として思考する傾向がある。

しかし、信用だけで成り立つお金は、ジョン・ローのお金やハイパー・インフレのドイツマルクのように、投機にムチャクチャ弱い。その信用を逆用したような投機が行われると、お金の価値が大暴落(崩壊)しかねない。その点への警戒が弱い、というのがMMTの弱点と言える。

現在のお金は、どこに行っても不換紙幣と言う、金(ゴールド)などの価値あるものと交換を約束していない、信用だけで成り立つお金のように見える。そんなお金が信用される理由は、既述の「石油兌換紙幣」としてのドルと紐づいている、というほかに、「世界各国政府の協調」がある。

現在のお金が、金(ゴールド)のような価値あるものとははっきりとは紐づいていない不換紙幣であるのに信用されるのは、世界中の政府がお金の価値が壊れないよう、国際協調しているから。この協調が失われると、お金への信用が揺らぐことになりかねない。

今回、ロシアがウクライナに侵攻したのは、この国際協調の枠組みをアメリカやヨーロッパは崩すわけにいかず、結局ロシアの行動を追認せざるを得ないだろう、と読んだから、という面がある。欧米は足元見られた形。しかし驚いたことに、アメリカのバイデンは国際協調の網からロシアを外した。

足元を見たロシアに対し、許すものかと腹をくくって、ロシアをお金のネットワークから外すという手段をとった。これは、果たしてうまくいくかどうか、もろ刃の剣。ロシア外しをすることで、世界のお金の信用を崩す恐れがある、賭けともいえる方法。

ドルは、たとえアメリカと仲の良くない敵国であってもお金として使えるという点で「信用」されているお金。それが今回、ロシアではドルを使えないようにした。これは、「アメリカには向かえばドルが使えなくなるぞ」というメッセージとして世界中に受け止められかねない。すると。

うちはアメリカと仲が良くないなあ、と思う国は、ドル以外のお金をもつことで、いざというときの備えをしよう、という動きを活発化させかねない。ドル以外のお金と言う点で警戒されるのが、中国の元。アメリカドルの対抗馬になりかねない。

現代のお金は、かなりの部分、信用で成り立っている。それはMMTが指摘する通り。その信用を保つためには、世界中の国が国際協調することが必要。しかし国際協調の網目からロシアを外したことが、アメリカと仲良くない国の離反を招きかねない。すると、この信用が崩れる恐れがある。

信用を崩さないようにするには、実物との紐づけが必要になるだろう。ロシアが天然ガスを購入するのにルーブルで決済をするよう求めたのは、象徴的。大きく値崩れしたルーブルが、天然ガスと紐づけたことで価値が安定になった。信用は投機で簡単にガタ落ちになるが、実物と結びつくのは強い。

アメリカとヨーロッパは、ロシアからものを買わない、とすることで、ロシアを干上がらせようとしている。ロシアは、エネルギーなどの資源が手に入らなければ困るのはヨーロッパだと考え、こちらもヨーロッパを干上がらせようとしている。我慢比べ。

この我慢比べが長期化すると、ロシアの石油や天然ガスを欲しがる国が、ドル以外のお金で決済できるシステムを構築しようとしかねない。すると、お金のシステムがドル以外にもう一つ成立することになり、お金の信用を保ちにくくなる。国際協調で投機を抑えるということもしにくくなる。

MMTは、世界が平和で、国際協調の枠組みから外れる国がない場合、もしかしたら成立するかもしれない。しかし、それはやや難しい条件のような気がする。ロシアのような国が現れると、この枠組みは容易に崩れ去る恐れがある。

MMTは、信用だけで成り立つお金である場合に成り立つ理論だけれど、信用が崩れ去るリスクをうまく回避できない理論でもあるように思う。青木さんの指摘を私なりに解釈すれば、国際協調が崩れるかもしれない条件下では、MMTをまともに取り上げるのは危険がある。

ただし、MMTが示唆することは、参考になるところが多々ある。労働者が苦しんでいるときに緊縮財政やってどないすんねん、というのは、その通り。現代のお金を仔細に研究したからこそ、見えてきた面もある。

「MMTがよくわかる本」を読んで受けた、MMTに対する私の印象は、「ケインズ経済学を貨幣の側面から構築し直したもの、と言った方が分かりやすいな」ということ。実際、この本で紹介されている政策は、ケインズが訴えた政策に通じるものが多々ある。

ただ、MMTの正しさを訴えている人には、少なからず「いやそれアカンやろ」という主張が含まれていて、玉石混交。MMTは「現代のお金の理論」という意味でしかないので、お金をどう見るか、論者によっていうことが違い過ぎる。MMTは特定の論者が主張する理論ではなく、そうした様々な議論の総称。

「MMTがよくわかる本」を読んだとき、青木秀和さんの「『お金』崩壊」を読んでいれば、だいたい類推できることが書いてあるなあ、という印象。そして結局、青木さんの見立て通り、お金は崩壊するリスクがある、と私は考える。一部のMMT論者が主張するようなうまい話はないような気がする。

恐らくだけれど、MMT関連の書籍で「MMTがよくわかる本」は、かなりバランスの取れた本だと思う。MMT論者の「誤解」もかなりしっかり批判していて、好感を持てた。MMT論者の人は、この本を読んでもう一度整理し直した方がよいように思う。

その上で、青木さんの「『お金』崩壊」の内容は古びていないな、という印象。「MMTがよくわかる本」と青木さんのこの本は、内容的に矛盾していない。MMT論者の人は、青木さんの本を読んで、理解を補完したほうがよいように思う。

私がMMTの主張をそんなに新しいものと感じなかったのは、やはり青木さんの「『お金』崩壊」を読んでいたからだな、と思う。この本の理解が基礎にあったから、MMTの脆弱性(投機に弱い、国際協調の枠組みが必要)という点にも気づけたように思う。

よかったら、青木秀和さん「『お金』崩壊」のご一読を。あいにく中古しかないようだけれど、今でも読んでみる価値があるように思う。
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