「わかっちゃいるけどできてない」の改善を図る

物事の改善には、二つのアプローチがあるように思う。一つは、これまでにない斬新なアプローチを開発すること。もう一つは、分かっているつもりでいるけどできていない基本的なことをきちんと実行できるようにすること。私はどちらも重要視している。

前者の方は、自分の仕事である研究者として取り組んでいる。まだ誰も開発したことのないものを開発する。この仕事は大変楽しい。自分が世界最初にそれに出会うことができるという幸運は、非常に嬉しいものがある。ただ、これはかなり偶然に左右される面もある。社会に還元できる知識でないことも多い。

後者の、わかっちゃいるけどできていない、ということを改善できると、世の中はグッと改善できることが多い。そうすればいいと分かっているのにできていないことは世の中に山ほどある。なぜできていないのか、その原因を探り、すぐにできそうな改善方法を探る。これもまた楽しい。

専門外の分野では、この後者の改善を目指すようにしている。これなら、別にその道の専門家でなくても、素人であっても気づくことは容易だし、改善方法を提案するのも、さほど難しくないものを提案するわけだから、素人でも思いつける可能性が高い。

私たちに子どもが生まれる前、新生児育児は大変だ、とは聞かされていた。「だからお父さんもきちんと育児参加してね」と言われていた。じゃあ、どこが大変なの?と聞くと、講師の人もどうも要領を得ない言葉。「ともかく大変」という答えだったりした。ホームページなんかで調べると。

「女性は産後にホルモンバランスが大きく変化し、体調不良を起こしやすい」と紹介されていることが多かった。うーん、でもホルモンバランスは夫側にはどうしようもない。何が大変でどう対応すればいいの?ということがイマイチ把握できないまま、新生児育児がスタート。

それで分かった。「眠れない」。少なくとも私たち夫婦にとって、最大の問題はこれだ、ということが分かった。私もYouMeさんも、それまで寝るのが大好きだった。朝、起きずにずっと寝ていろと言われたらいつまででも寝ていられるくらい、睡眠が大好き。食欲以上に。ところが新生児育児が始まると。

眠れねー!3時間おきの授乳、こりゃ大変!YouMeさんも生むまでは「まあ、ミルクの準備だ、授乳後の瓶の洗浄だ、で1時間くらいはかかるだろうけれど、2時間は眠れるだろうから」と言っていたのだけど、特に娘の時は1時間も睡眠をとれない状況が続いた。極度の睡眠欠乏。

娘は鼻詰まりがひどく、それでよく泣いた。鼻詰まりの対処だけで1時間はかかったりする。なかなか眠ってくれないし。ミルクも息子の時と違ってそんなに量を飲まないから、すぐおなかが減る。鼻詰まりの問題は特にひどく、2才を超えるくらいまで睡眠欠乏の状態が続いた。

YouMeさんはこのころの記憶がほとんどないという。大変だったし苦しかった、とは思うのだけれど、何に苦しんだのか思い出せないのだという。私がYouMeさんの睡眠欠乏をなんとかしようとし、記録にもとっていたので言語化できたけれど、その話をしてもYouMeさんはあまり記憶がないという。

睡眠不足は健康を損なう大きな要因。出産1カ月後あたりが母親の自殺率が高くなる時期なのだという。あまりの睡眠欠乏で、精神的にも肉体的にも追い詰められるからだろう。女性が膠原病のような自己免疫疾患を起こしやすいのも、この時期の極度の睡眠欠乏が原因の一端ではないかと私は疑っている。

新生児育児が大変なのは、極度の睡眠欠乏に陥ることが原因ではないか。もしそうだとすれば、夫や親せき、ご近所の力を借りればこれは改善できる。でも、まずは問題の所在に気づいてもらう必要がある。そこで私はこの睡眠欠乏について、繰り返し記事にした。

「笑顔で育児ができる社会」にするには何が必要か
これからお父さんになる男性に知っておいてほしいこと
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52688  
「産後クライシス」回避のコツは母親の睡眠時間確保
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61343
授乳不眠に思う、子育て世帯への社会のまなざし
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/61092

時を同じくして、様々な育児マンガが「眠れない」ことをテーマに取り上げるようになり、一気に新生児育児では睡眠確保が課題であることが知られるようになった。それまでは専門家も、イマイチ「眠れない」問題にフォーカスを当て切れていなかったが、その点で大きく変化したように思う。

今の若いお父さんたちは、新生児育児での女性側の睡眠確保を重視して対応を考えるようになっている。出産前の親向けの教室でも、睡眠確保を重視するよう指導されるらしい。私が受講した時は「3時間おきに授乳です、頑張ってね」くらいの話しかなく、ずいぶん認知が変化したなあ、と思う。

なぜ睡眠欠乏のことが言語化できなかったのだろう?それは、あまりに睡眠が不足すると、記憶ができなくなるからだろう。原発事故の対応に追われた班目春樹氏は、数日間一睡もできなかった。その間の記憶が全く残っていないのだという。どうやら人間は眠らないと記憶することができなくなるらしい。

このため、女性だけで育児をしていた時代には、睡眠欠乏が諸問題の原因だということを記憶できなかったらしい。たまたま私は男性で、私と同様、睡眠が大好きなYouMeさんが極度の睡眠欠乏に陥ってオロオロしていたので、言語化できたということのようだ。

私は娘の鼻づまり対策のため、鼻腔の形を想像し、鼻水の粘性を推測、それが鼻奥を通り抜け、ノドへと流れ込むよう微妙な角度と軽い振動(脳には悪影響が出ないように)で、鼻を通すという技を身に着けたが、それでもなかなかYouMeさんの睡眠時間を確保することは難しかった。泣くと起きてしまうし。

とある企業の方と仕事の話をしているとき、「産休で休むんですよ」と話してくれた。「経験者たちが『今休みを取って奥さんを眠らせなければ、一生恨まれるぞ、きっと後悔することになるぞ』と教えてくれるんですよ」と言っていた。ああ、認知が広がったなあ、と思う。

新生児育児の大変さの一つに、睡眠不足があることは、昔から指摘はされていた。しかし、それが非常に深刻な問題であること、ワンオペ育児なんかに追い込まれたら虐待の問題や自殺の問題、母親の健康を著しく損なう原因にもなりかねないことに、十分な認知が当時は広がっていなかった。それが変わった。

同時期にいろんな方が睡眠欠乏のことを指摘するようになったから、私だけの力ではない。ただ、新生児育児での睡眠欠乏が非常に大きな問題であること、ワンオペ育児にならないよう父親が率先して母親の睡眠を確保するように動くこと、周囲の協力も得ること、について認知が広がったのはよかったと思う。

一応、問題としては認識されてはいたけど、改善を図るべき喫緊の課題としては捉えられていなかった。そこを改善できたのはよかったかな、と思う。睡眠欠乏を、最も耐え難い拷問にたとえることで、男性にも伝わるようにしたのが、よかったのかもしれない。

このように、物事の改善には、「いちおう気づいてはいるんだけど、分かってはいるんだけど、さほど問題とは気づかれていない」ということが、意外とある。そこにフォーカスを当て、どう改善すればよいかを提案すると、大きく改善に向かうことがある。

私は、自分の専門外のことについては、そうしたことができたらいいなあ、と思う。ツイッターは、そうした「気づき」を提供するのに向いているSNSだと思う。皆さんも、そうした気づきを提案するようにしてみて頂きたい。世の中に潜む問題を、そうして一つ一つ改善できるとよいなあ、と思う。

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