「信じるから疑ぐり深くなる、疑うから信じ込むようになる」の悪循環から抜け出す

私の名前は「信」なんだけど、信じることも、逆に疑うこともやらないほうがいいと思っている。信じれば疑り深くなり、疑えば信じ込みやすくなるように思うからだ。
近代合理主義は「疑う」ことで生まれた。原因はデカルト。デカルトは「方法序説」で「すべてを疑い、否定せよ」と言った。

デカルトの時代は、何を信じたらよいかわからない時代だった。キリスト教がカソリック(旧教)とプロテスタント(新教)に分裂し、互いに相手を罵り、間違っていると非難し合っていた。自分こそ正しいと信じ込んでいた。キリスト教だけを純朴に信じていた西欧の人々は、何を信じたらよいのか分からなくなった。

で、デカルトは旧教にも新教にもどちらにも肩入れせず、どちらもなぎ倒すとんでもないことを提案した。それが「すべてを疑い、否定せよ」。自分は見たり触ったりしてるのを現実と思ってるけど、夢を見てるのと区別つかない。ならば五感も否定しよう。何もかも否定しよう。素朴に信じてた全てを。

そうして全てを否定した上で、確からしいものをチョイスして思想を再構築すれば、誤りを全く含まない完璧な思想を作れると考えた。このアイディアは素晴らしいものに思われた。デカルト以降の哲学者の少なからずが、このデカルト式思考法を採用し、思想を再構築した。

しかしデカルトのこのテクニック(方法的懐疑)には大きな副作用があった。信じ込むこと。自分が再構築した思想に誤りがあるはずがない、という自信に満ち溢れてしまうこと。そうして信じ込んでしまった自分の思想に疑いを持つことがなくなり、他人が疑うことも許せなくなること。

これは恐らく、心理学でいうところの「補償」が起きるのだろう。補償とは、つらい経験をしたとき、そのつらい思いを埋め合わせてくれるような考え方にしがみついてしまうこと。恐らくデカルトの提案する「疑え!」は、心理的に辛いのだろう。素朴に信じていたいものまで疑うから。

素朴に信じていたいものまで疑うつらい作業を終えた人間は、「これだけ辛く苦しい作業をやり終えた人間は世界広しといえどもそうはいないだろう、もしかしたら自分一人かもしれない、ならば自分の再構築した思想は、世界で最も正しい思想に違いない」と信じ込みやすくなる。

デカルトの「疑え!」は、皮肉なことに信じ込みやすい人を生んだように思う。疑り深い人間は自分の考えを信じ込む。そして自分の考えを信じ込む人間は、他者の考えに疑り深くなる。信じるから疑い、疑うから信じる。つまりどちらも害悪が強いように思う。

私は、信じることも疑うこともよしといた方がよいように思う。通常、「信念」といえばよい意味に取られることが多い。しかしオルテガからすれば「思い込み」のことだという。私もそう思う。信じて疑わなければそれは思い込み。

そして、疑うこともよしといた方がよいと思う。近代以降は、知的な人間は疑り深くあるべきだと考えるようになったが、結局、自分の考えは疑わなくなってしまうのだから、疑ってるつもりなだけに終わる。「自分は疑り深い」と信じ込んでるだけ。

近代合理主義は「疑う」ことで生まれ、科学を育んたが、他方で信じ込みやすく疑り深い人々を多数生むという副作用の方が目立つようになった。私はこの副作用、そろそろ改めた方がよいように思う。信じるのでも疑うのでもない、別な方法にバージョンアップ。

ポパーが参考になるように思う。ポパーは、科学の理論は弱点を自らさらさねばならないと考えた。「自分の理論に反する証拠(反証)がもし出てきたら、潔く理論を引っ込めます」というもの。こうした「反証可能性」を示さない理論は科学に値しない、という考え方。

自分の理論がひっくり返される可能性を示すということは、自分の理論は、いつかひっくり返される「仮説」でしかないことを認めることを意味する。そう、絶対正しい思想なんかに私達はたどり着けるはずがない。いつか更新される運命にある「仮説」しか、私達は持ちようがない。

ただし、全てが仮説に過ぎないのだとしたら、どうせ何を採用しても仮説なのだから、いちいち疑う必要もなくなるということ。新証拠が出てきて、仮説の更新が必要になったらためらわずに新たな仮説に更新するけど、それまでは今の仮説を妥当だとして採用する。この姿勢なら。

信じる必要もないし、疑う必要もない。妥当と思われる仮説を採用し、その間はむやみに疑わず、新証拠が出たら更新をためらわない。そうした「アップデート」の姿勢でいればよいことになる。まるでOSのアップデートのように。

というわけで、私は何も信じない。そしてむやみに疑わない。妥当と思われる仮説を採用し、問題を感じたら別の仮説に更新する。それでよいように思う。信じる疑うという、副作用の強い思考法は、もうやめた方がよいように思う。

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