教育系記事に「のです」「してあげる」の語尾が多いのはなぜなのか?

教育関係の本や記事で多用される語尾、「のです」と「してあげる」。私がこの二つが苦手。と言いながら、私の子育て本も編集の関係上、「のです」が多用されているけれど。修正の機会があったら全削除して別の言い回しに修正したい。
送られてきたインタビュー記事案、やっぱりこの二つがある。

「のです」がキライな理由。私はこの真理を知っているがあなたは知らないだろう、これはこういうものだから四の五の言わず信じなさい、あなたは愚かで私は賢いのだから、という紋切り型で上から目線を裏メッセージとして感じる語尾だから。

「してあげる」はもう、上から目線そのもの。未熟な子どもにありがたき恩寵をくれてやろうではないか、という裏メッセージがビンビンと。そしてどうしたわけか、教育関係の記事や本はこの二つの語尾が多用されている。私はこの二つの語尾に、教育者の傲慢さが潜んでいるようでどうも気に入らない。

私は、本当のところなんか人間に分かるわけがないやん、仮説を立てて恐る恐る、でも、エイヤッ!とやるしかない、という仮説思考を採用している。だから、「のです」みたいな確信、自信満々の表現は、ようせん。仮説的思考の持ち主はこんな言葉遣い、ようしませんねん。

「してあげる」なんて、よう言わん。うっかりしたら自分のアプローチが間違っているかもしれん。もしそうやったらごめんな、と思いつつ、自分なりに最善と思われる「仮説」に基づいてやってるだけのこと。「してあげる」どころか「これでええんかなホンマに」と、内心ヒヤヒヤ。

私は、語尾にこそその人の精神構造が現れる、と考えている。子育て本を上梓する際、「のです」にものすごく抵抗があり、全部削除してくれとだいぶ粘ったけれど、編集スケジュールがタイトすぎて、お願いしきれなかった。まあ、仕方ない。そんなこともある。

そんな経験もあったので「のです」と「してあげる」の語尾にはとても私はセンシティブ。まあ、他の人が書く記事は気にならんのだけど。自分の子育て観に全然合わない語尾なので、この二つは、私の記事として出る場合、全部言い換えてもらっている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?