人とのつながりを失うと不安定になる

妊娠してYouMeさんは専業主婦の状態に。ある日、私はYouMeさんに否定的なことを言った。その後しばらくしてから、YouMeさんにこう言われた。「あなたから否定されると、世界のすべてから否定されたような気がする」。私はビックリした。YouMeさんは私にわかるように、次のように説明してくれた。

「いま、私は仕事もやめて、社会とのつながりが全部切れている。実家も遠く、長年つきあってきた友達も一人もいないこの土地に一人、来た。近所の人は『篠原さんの奥さん』と私を呼ぶ。あなたを通じてしか社会とつながりがない。その人から否定されたとき、私は全世界から否定された気になるの」

私は、それは大変済まないことをした、と大いに反省した。確かにその通り。もし私がYouMeさんの立場だったとしたら、きっと同じ思いをしただろう。私はYouMeさんの人間関係を断ち切って一緒に住んでもらっているのに、なんてひどいことをしたんだろう。

ちょうどそのころ、女性宇宙飛行士を支えるため、夫が「主夫」になり、家事全般、一人娘の子育てを担当した時の手記が紹介されていた。それによると、やはりその男性も、YouMeさんと同じ思いをしたらしい。それまで会社の人と直接つながり、人間関係の網の目の一つとして自分を認識できたのに。

社会とのつながりは、宇宙飛行士になった妻と、娘を通じて。「○○さんの旦那さん」「△△ちゃんのお父さん」。妻か、娘か、どちらかを通じてしか社会とつながれない。まるで宇宙空間に独り放り出されたような気分を味わったらしい。精神状態が非常に不安定になるそうだ。

ステレオタイプな男性は、女性のことを愚痴っぽいとか、今日はこんなことがあって、と、子どもの他愛ないことを延々と話すとか、それを女性のサガだと考えていることがある。しかし、私は、宇宙飛行士の夫のその手記を読んで、「これは不安定な立場がもたらすものでは?」と思うようになった。

私は高校を卒業して、浪人状態になったとき、社会とのつながりが失われたことに愕然とした記憶がある。それまでは○○高校の生徒、というふうに、社会で位置づけられていた。しかし今、事故などを起こしたら「無職」と紹介されるだけなのだな、と。社会とつながりがない自分の状態に、精神が不安定に。

人間は、社会という織物、ネットワークの中で、自分はどこに位置付けられるのか、確認ができないと不安になる面があるらしい。YouMeさんは長年働いてきて、ネットワークを築いてきた。友人もたくさんいた。しかしそれらの人がいない土地に、私と結婚したことで来ることになった。

夫婦がもし対等であるならば、YouMeさんにそれだけの負担を与えていることは、非常な不公平。実にYouMeさんに申し訳ない。YouMeさんが精神的に不安定になりやすいのは当然。YouMeさんが言語化してくれたおかげで、女性の立場がどれだけ大変なものなのか、ようやく気がついた。

私は、YouMeさんのそうした環境をろくに改善することはできないが、友人作りはなるべく協力しなければならない、と考えた。そんな不安定な立場の中でも、家事をやってくれることに私は大いに感謝せねばならぬ、と思うようになり、日々、きちんと感謝の念を伝えるようにした。申し訳ないと思いつつ。

YouMeさんはそんな大変な中でも、常に私を励まし、勇気づけ、明るく振る舞ってくれた。自分だけでも大変だろうに、なんてすごい人なんだろう、と、私は畏敬の念を持たずにいられなかった。私にとって、YouMeさんはスタビライザー(精神安定剤)。もう、なくてはならない存在。

もし私がYouMeさんの立場だったら、同じことができるだろうか?考え込んでしまう。人間的に、YouMeさんの方がはるかに上。私が思い悩んでいる時も、的確にアドバイスしてくれる。本当にありがたい。

社会とのつながりがない。これ、ものすごく精神的に不安定になる原因。自分の居場所、いてよい場所、自分を必要としてくれる場所。それがないとなったとき、人間は誰でも不安定になると思う。これは男性女性関係ない。誰でも。

育児や介護は、ものすごく人手がかかる。一人ではとても回らない。複数の人手が必要。場合によっては、一人がかかりきりにならなければならないことも。そのとき、その人は精神的に安定でいられるかというと、非常に難しいように思う。

人とつながりがあること。これは、心の安定にとても大切なこと。経済的にどうのとか、そんなの関係ない。人とのつながりは、心のビタミン。それをどう維持するかは、結婚してもなお、パートナーとともにしっかり考える必要があるように思う。

私は今、何を決めるにしても、YouMeさんと相談して意見を聞き、それから決めることにしている。YouMeさんは的確にアドバイスし、意見を述べてくれる。私にはなかった視点を提供してくれることが多く、大変ありがたい。私の半分は、YouMeさんでできているといって過言ではない。

夫婦によっては、どちらかが主、どちらかが従、のような関係を作ることがあるようだ。私は不毛だからやめた方がよいように思う。互いの強みを生かし合う「チーム」になった方がよい。私はYouMeさんの強みが頼りだし、YouMeさんの不足を私はなるべくカバーしたいと考えている。私たちはチーム。

キャッチャーのいないピッチャーはいない。ピッチャーのないキャッチャーは成り立たない。互いの強みを生かし、補完し合い、チームとして強みを発揮する。どちらが欠けても、チーム力は弱る。互いに相互補完する関係を作れたら、と思う。世のご夫婦も、ぜひそうあれかし、と願う。

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