世界一の農業国アメリカの農業はGDPのわずか1%強?

「日本の農業はGDPの1%しかない」、だから補助金を出すなど保護を行うのはおかしい、という日本の政治家がいた。なるほど、だとしたら、世界最強の農業国、アメリカだったら、きっと農業はGDPの割合も大きいだろうし、農家は補助金ももらわずに独力でやっているのだろう、と想像したくなる。

で、調べてみると。アメリカの農業はGDPの1.14%。あれ?日本とたいして違わんやん。農家がどのくらい補助金をもらっているかというと、所得のうち26.4%。これに対して、日本は15.6%。あれ?アメリカの農家の方が政府から補助金もらってるやん。どういうこと?

実は、先進国はどこも似たり寄ったりで、農業はGDPの1%強にしかならない。小麦を海外に輸出しているフランスも、農業はGDPの1.37%を稼ぐだけ。しかもフランスの農家は、所得のうち90.2%を補助金としてもらっている。アメリカもフランスも世界有数の農業国だが、GDPのわずか1%強でしかない。

なぜこんなことが起きるのか?2つ、理由を上げられる。

①非農業の産業が元気で、よく稼ぐこと。

②非農業の稼ぎの一部を農業に補助金として渡していること。

このおかげで、アメリカやフランスは、海外に輸出するほど穀物を大量生産しているのに、農業の経済における存在感が小さくなっている。

アメリカもフランスも、農業が稼ぐのはGDPの1%強でしかないということは、逆に言えば非農業がGDPの98%以上を稼いでいるということ。その稼ぎがいったん税金という形で国に納められ、その一部を、農家への補助金(所得補償)として使われている。その結果。

アメリカやフランスの農家は、安心して小麦などの穀物を大量生産できる。たくさん作りすぎて値崩れしても、所得補償してもらえるから心配ない。だから、国内で消費しきれないほどの穀物を生産し、実際、海外に輸出する。

アメリカなどは、平均的な農家でも、4人家族を農業の稼ぎだけで養うことはできない。妻に働きに出てもらい、政府から所得補償をもらってようやく4人を養える。129人分の余剰食糧を1人で作っているのに、それだけたくさん作っても、4人家族さえ養えない。

4人家族さえ養えないほど安く作った穀物は、アフリカの貧農でも価格で太刀打ちできないほど安い。そのくらい安いから、アフリカのような貧しい国でも、アメリカから穀物を輸入する。こうして、穀物は安い価格で世界中に売られている。

あんまり安いものだから、世界最強といえる農業国、アメリカでさえ、GDPの1%強しか農業は稼いでいない。逆に言えば、日本のようにたいして食料をたくさん作れていない国でも、しかもアメリカやフランスのように補助金を農家はもらっていないのに、GDPの1%も稼いでいるのは大したものといえるかも。

昔、「日本は世界第5位の農業大国」という本がベストセラーになった。日本農業は決して小さいわけではなく、売上額は世界第5位なのだ、ということを示した内容。そう、GDPのわずか1%しか稼いでいないのに、日本農業は世界第5位の稼ぎをしていた。そのくらい、農業は稼げない産業。

では、農業を稼げる産業にしたらどうなるのだろう。なんと、国民が貧しくなる。国民ばかりでなく、農家も貧しくなる。なぜだろう?「エンゲル係数」が高くなるからだ。

昭和生まれの人は、エンゲル係数というのをよく覚えているかもしれない。生活費に占める食費の割合が、エンゲル係数という。

貧しい家だと、食べるのに必死で、旅行だとか遊びとかにお金をかける余裕がない。このため、エンゲル係数が高くなる。

農業が稼ぐ産業になるということは、食品の価格が高くなるということ。それはエンゲル係数が高くなるということであり、スマホやネットに振り分けるお金が無くなる。

農業が稼ぐようになり、GDPに占める割合が増えれば増えるほど、給料の中から食費に割かなければならない金額が増え、旅行もできなくなり、外食も控え、スマホやインターネットを楽しむ余裕を失っていく。農業が成長し、GDPの割合が増えると、国民が貧しくなる。

そうなると、当然国民は、食費を何とか切り詰めて、他の支出に振り向けようと努力する。すると、高い食材は売れなくなる。すると、農家は儲からなくなる。そうなれば、肥料も売れなくなって、メーカーが困る。そんな連鎖が続き、農業全体が苦しむようになる。農業が経済成長すると、農家も苦しくなる。

農業がGDPに占める割合の大きな国は、貧しい。国民の多くが農家だと、農産物を買ってくれる非農家がそもそも少ない。お客さんがいないから、農産物も高く売れない。すると農家は儲からない。農業がGDPに占める割合が大きいと、農家は実は生活が苦しくなる、というおかしなことがおきる。

農業くらいしか産業がない国が大概貧しいのは、そうした理由。非農業が元気で、非農業で稼ぐ人が多いと、農産物を高く買ってくれるから、農家も儲かる。非農業がGDPに占める割合が大きく、農業がGDPに占める割合が小さいほど、農家もそれなりの生活ができる、という皮肉な現象。

農業しか産業のない国は、飢餓が発生しやすい。他方、非農業が元気な国は、飢餓が発生しにくい。何とも不思議な、ちょっと聞いただけでは、理解しづらい妙ちきりんな現象が、実際の経済では起きる。なぜこんなことが起きるのか?非農業が元気だと、雇用を生みやすいからだ。

国民が農家ばっかりだと、水害など自然災害で農作物がダメになった人々は、現金を得る方法がない。かといって出稼ぎしようにも、働き口がない。このため、すぐ蓄えを失い、店先に食べ物が売られていても、それを買うことができず、餓死してしまうことも。農家なのに。

しかし非農業が元気だと、どこかで働き口をみつけることがなんとか可能。生活は苦しいかもしれないが、餓死するまではいかずに済む可能性が高くなる。食料はどこからか、輸入することも可能だからだ。皮肉なことだが、非農業の元気さが、現金収入を容易にし、飢える恐れを低くしている。

農業に関しては、経済の仕組みが実に奇妙に働く。食料安全保障を考えるには、農業だけを考えていてはいけない。非農業も視野に入れないと、餓死者を出しかねず、飢饉も起きかねない。これまで一般に語られてきたことと違っていて理解に戸惑うが、現実をよく観察する必要がある。

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8月に新著が出ます。食料安全保障を、これまで語られてきたのとはかなり異質な面から、多面的に考えてみました。ぜひご一読ください。

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