野菜で儲かるのは国の豊かさの証

「野菜作る農家は昔、貧乏だったんだ」と、先輩研究者の話が忘れられない。どうやらそれは本当のようで、「このあたりは水がないものだからコメが作れず、貧しかったんだ」と、高齢の農家の方から話を聞いたりした。昔はコメが作れず、野菜しか育てられない農家は、貧しさにあえぐしかなかった。

コメを作るより野菜を育てた方が儲かる、というのは、比較的最近のこと。2003年に野菜の生産額がコメを上回った。それ以来ずっと、野菜の方がコメよりも売れている。今、農家になろうという人はコメよりも野菜や花、果物。コメは儲からない作物になっている。

本来、食糧としてはコメの方が価値は高い。同じ重さなら、コメはトマトの20倍もカロリーがある。飢餓のときにトマトを食べてもなかなか腹の足しにはならないが、コメなら腹がふくれる。同じ金額を払う場合、コメはトマトの100倍のカロリーを食べられる。

これは逆に見ると、トマトはコメの100倍高く売れているということになる。なぜ、食糧として価値の低いトマトが高く売れ、食糧として価値の高いはずのコメが安いのか?
それは、国が豊かだ(った)からだ。

アダム・スミス「諸国民の富」には、「豊かな国は食料が安い」とある。十分な収入があると、食べること以外にもお金を使える。趣味や旅行にもお金を出せる。食料が安いから、食料以外にもお金を振り向けられるゆとりが生まれるのだろう。

そして、トマトなどの野菜は「食料」ではあるが「食糧」ではない。生きるためにどうしても必要なカロリーを稼ぐ穀物やイモなどは「食糧」だが、野菜は(カボチャなど一部を例外として)カロリーを稼げない。こうしたカロリーの稼げない食料をここでは「食品」と呼んでみよう。

豊かな国では、コメなどの基礎食料(食糧)は収入のごく一部で買えてしまう。余った収入を贅沢に使える。野菜などは、いわば「趣味」の一つであるかのように、こだわり抜いた一品を買い求めるようになっていく。豊かな国では「食糧」は安いままだが、「食品」は高くなっていく。

なぜ食糧たるおコメは高くならないのか?それは水の価格を考えてみるとよい。
人間は水なしには生きれられない。で、安全余裕のためにも水を余分に確保しようとする。しかし余分とは、市場経済では「在庫のだぶつき」。市場原理に従って、価格は下落してしまう。

では、水が不足するとどうなるか。コップ一杯の水にも一万円払いたくなるくらい乾きは抑えられなくなる。水がなければ命に関わるからだ。命に関わるから余分に確保すると「在庫だぶつきだ」と言って価格は暴落し、足りないとなると暴騰する。命に関わるものは、市場原理に任せると極端な価格形成。

コメなどの食糧も同じ。足りなければ命に関わるから余分に確保する。そして余っているとなると、市場は容赦なく価格を下落させる。豊かな社会では、ついついコメなどの食糧はダブつきやすくなり、価格が低く抑えつけられる。

これに対して野菜はどうか。野菜はコメと違って日持ちしないものがほとんど。市場の価格が安いな、と思って農家が出荷を抑えれば、そのうち野菜は腐る。やがて足らなくなり、価格は高めになる。コメみたいなのは、保存性良すぎて、隠していても市場はそれを見抜き「在庫があるはずだ」として買い叩く。

でも野菜はそのうち腐るから、市場に出なければ需給が引き締まる。こうして、野菜はコメと比べると高い価格で取り引きされやすくなる。豊かな国でコメのような食糧よりも野菜の方が高く売れるのは、その国が豊かである証であり、「命に関わらない」食品だからこそ野菜は高く売れるのだと言える。

では、コメよりも野菜が高いという時代は今後も続くのだろうか?それは、日本が今後も豊かな国でいられるかどうかにかかってくるように思う。
もし日本が貧しくなり、人々は十分な収入が得られなくなると、腹の膨れるものを優先し、腹の足しになりにくい野菜から減らすようになるだろう。

野菜が高く売れるのは、日本が豊かだから。日本が豊かでさえあれば、コメ農家をやるよりも野菜農家が儲かるだろう。そしてその状態は、日本にとっても幸せなことなのかもしれない。しかし日本は本当に豊かなままでいられるのだろうか?

少子高齢化が進み、若者の労働力が介護などにとられると、貿易など、海外と取り引きして稼ぐ職業に若者がいなくなってしまうかもしれない。そうすると、海外から食糧を安く買うお金(外貨)が稼げなくなってしまう。すると、国内で食糧が足りなくなり、食品である野菜を買うどころではなくなるかも。

日本のような国は、貿易なり観光なりで外貨を稼がないと、食糧を海外から買えなくなる。すると野菜どころではなくなる。野菜を高く買えるのは、国が豊かな間だけ。外貨を稼げる間だけ。再び、コメを作った方が儲かる、という時代がきたときは、恐らく日本の経済力がかなり落ち目になったことを表すことになるだろう。

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