鳥、魚、虫が山を緑にする?

昔から不思議に思っていたことがある。「山には誰も肥料をまかないのに、なぜあんなに青々と木々が生い茂るんだろう?」山はむしろ雨にさらされ、上から下へと養分を抜き去られるばかり。それが百年も千年も続けば、山は肥料分を失い、いつか植物が育たない場所になるはずなのでは。

特に、リンはどうしようもないはず。窒素分は微生物が空気中の窒素ガスからアンモニアを作る窒素固定というのがあるからなんとかなる。カリウムは、海水の水しぶきが風に流され、雨に含まれて降ってくることもある。他のミネラルは岩石に含まれる。けれどリンだけはどうしようもない。

山にリンを運ぶものがいるはず。可能性が高いのは、鳥、魚、虫。海辺で魚を食べた鳥は、山の木々に止まってフンをする。サケやアユなどの魚は川をさかのぼり、クマやキツネに食べられ、それらの動物が山で歩き回りながらフンをする。そのフンを食べた虫がまたそこらじゅうでフンをする。

こうして、鳥や魚、虫が「海から陸へ」という、重力に逆らったリンの運び屋をしてくれることで山にリンが供給され、植物が生い茂るのだろう。いくつかの論文で、こうした鳥や魚、虫の重要性を指摘するものが出ている。陸地に常に緑が生い茂るのは、こうした生き物がリンの運び屋になるからだろう。

松山城がそびえる山は、もともとはげ山だったらしい。ここを緑豊かな山にするのに、面白い工夫をしたと伝えられる。麦を蒔くこと。すると、実った麦を食べに鳥たちがやってくる。ついでに鳥は、どこかで食べた木の実の種子をフンと一緒に出す。リンも種子も山にばらまかれる。

こうして、鳥のフンという肥料付きで山にばらまかれた種子は山で発芽し、これが木々として生い茂り、松山城は緑豊かな山になったらしい。面白い緑化の方法。鳥に植林してもらったようなもの。麦さえ撒けば鳥が植林してくれる、というアイディアは非常に面白い。

さて、私が気になるのは、鳥、魚、虫が山にリンを運ぶこの仕組み、今の日本で機能しているのだろうか?ということ。
ダムがあれば魚は川を遡上できない。熊やキツネは魚を食べられず、山にリンをばらまくことができなくなる。

いま、海辺には干潟がない。干潟は様々な鳥が魚や貝を食べる重要な場所。そこでたっぷりと魚介類を食べた鳥が山にいけば、リンを豊富に含むフンをまいてくれるが、干潟がなければそもそも食べるものがない。そうなれば、山にリンを運ぶこともできなくなる。

また、日本の山はスギなど、針葉樹だらけ。熊やキツネのエサになりそうなものは乏しい。鳥のエサになりそうな木の実も見当たらない。虫のエサになるようなものも見当たらない。となると、針葉樹の林はこれらの生き物にとって砂漠のような状態なのではないか。

砂漠にわざわざ行く生き物はいない。これでは、山にリンを運ぼうという動機が、鳥も虫もなくなってしまう。
また、昔と違って虫の数が極端に減っている。それは同時に、リンをほうぼうにまき散らしてくれる存在が減っているということでもある。

海から山にリンを持ち上げるルートを遮断してしまっている。こんな状態が続いて、本当に山は植物を生い茂らせる力を維持できるのだろうか?日本のかなりの山林が将来、リン不足になってしまわないのだろうか。

水田というのは非常に優秀で、肥料を与えなくても水を引き入れるだけで4割くらいの収量はあるという。これは、山で溶けだした養分が水の形で田んぼに供給されるから。しかしもし、山が養分欠乏になったとしたら、水田のこうした生産性を将来も維持できるのだろうか?

川をダムでせき止め、干潟を埋め立て、魚や鳥、虫たちが「海から陸へ」リンを戻してくれるこの循環を断ち切ったことで、将来、山を枯らし、田んぼを枯らすことにならないのだろうか。こうした現象は100年、200年単位でしか結果が分からないと思う。だからこそ、余計に怖い気がする。

いわゆる物質循環は、「山から海へ」だけではない。「海から山へ」という循環があるから、「循環」として成立する。しかし、鳥や魚、虫という、人間の食料生産と直接かかわりのない生き物たちが、人類の食料生産の基礎を支えてくれていたのかもしれない、という謙虚さは必要に思う。

鳥や魚、虫による「海から山へ」のリンの循環については、いくつか論文が出ているが、なにしろ話がでかすぎるうえに自由に飛び回り、泳ぎ回る生き物だから数値的に把握できる話ではない。このため、8月に出した新著ではエビデンス不十分ということで、この話は省いた。

けれど、「海から山へ」の物質循環を太くしておかないと、結果的に、「山から海へ」の物質の流れの中流にいる人類にも影響が出る。そういう意味で、鳥の楽園である干潟や、魚が遡上できる川、飛び回る虫を再評価する必要があるように思う。そうした理解を、一般の方々にも広げる必要があるように思う。

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