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【13日目】しんさい工房 -ふたり-

僕は、どちらかというと運に恵まれている方だと思う。

小学校卒業と同時に出家した僕は、春休み中にあった小学校の集まりにも顔を出さず、誰とも会わずに中学校の入学式を迎えた。

「えっ、髪どうしたの?」
「名前間違われてるぞ!」

周囲の反応は、概ね予想通りの反応だった。

出家のときにもらった「真哉(しんさい)」という名前は、字は普通だけど読み方が特殊という捻りのある感じが、個人的に気に入っていた。
伊藤というありきたりな苗字の僕にとっては、少し変わった響きの名前に惹かれるところがあった。
僕は出家を機会に、戸籍の名前も変えることにしていた。
特別な事情に限り、家庭裁判所でもらった許可書があれば戸籍の変更が可能らしい。
これをもって、正真正銘、僕は全くの別人として生まれ変わった。

周囲の友達からの反応は想定内だったし、返す言葉も決まっていた。

「出家したんだ…」

他に言いようがなかった。

出家をしてから数日が経過していたが、だからと言って現状を受け止められるほど心は成長していなかった。
笑い話として笑い飛ばせたらよかったけれど、もちろんそんな余裕はない。
ただただそっとしておいて欲しかった。

同じ小学校を卒業した友達たちからの「どうしたの?」が続く。
僕はただただ「出家したんだ…」とだけ答えて会話を逸らす。
これの繰り返しだ。

自分が思っているほど他人は自分のことを気にしていない。
そんなことがよく言われるが、当の本人はといえば、そう簡単に割り切れるものではない。
言うは易く行うは難しだ。

けれど、一通りこのやり取りが終わると、僕の出家の話なんて誰もしなくなった。
冷静に考えてみるとそんなものかもしれない。
仮に僕が出家したことが多少めずらしい話であったとしても、確かにそこから何か話題が広がるかと言えばそうでもない。
あっという間に、僕への関心は薄まった。

そもそも6割がはじめましての同級生のため、僕の背景を知らない人の方が多い。
そういう意味では、僕はツイていた。
そして、自分が思っているほど他人は自分のことを気にしていないというのは、僕の実体験的には本当だった。

大体どの学校にもやんちゃな集団がある。
例外なく僕の学校にもそういう集団があった。
僕は、そういう集団からのイジメを警戒していた。
けれど、それも僕の杞憂に終わった。

実は、僕の学年にはもうひとり、髪の毛のない生徒がいた。
その同級生は、昔から病気で髪がなかったらしい。
つまり、もうひとつの小学校からきた同級生たちは、髪の毛のない同級生がいる環境に免疫があったのだ。

このことに、僕はとても救われた。
他の学年を見たって、僕たちのようなルックスの生徒はいない。
それが、奇しくも同じ学年に2人揃っている。
やっぱり僕は、どちらかというと運に恵まれている方だ。
自分はひとりじゃない。
そう思えるだけで、人は救われる。
そのことを僕は身をもって知っている。


お年頃の男の子たちはちょっと厄介だ。
同級生たちは僕のことをすんなり受け入れてくれたが、他の学年はそう簡単にはいかなかった。
道を歩いていると、小学生たちから指を差されながら「ハゲ」と言われたり、先輩たちからはからかい半分に自転車で突っ込まれたり、そんなことが定期的にあった。

僕は出家をしてから少し弱気になっていた。
もともとデブだった自分に輪をかけて見た目に自信がなくなり、あまり人にも会いたくなくなってしまった。
なので、そんな場面に遭遇しても何も言えなかった。
またのび太くんに逆戻り。

なんとかしないと…
僕はそこで、あるものと出会う。

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