「選択肢が増える」の罠【不適応な選択肢はいくらあっても意味がない】
「選択肢」はむやみに増やしても意味がない場合がある。
そう思っています。
結局選択肢が何個あっても、選べるのは1つなのですから。
たとえば、大学へ行って増える選択肢の中にやりたいものが明白にあって、それに向けて大学へ行くなら意味がある。
でも、そういった仕事をやりたくないのに大学へ行ってもお金をドブにすてるだけということ。
(基本的に文系を卒業して増える選択肢は、バリバリに人とかかわる能力が求められるのでそれが嫌なひとには厳しい。)
某不登校中1のユーチューバーY氏に対するコメントで
「教育を受けることで進路の幅が広がる」
みたいなお決まりなコメントがあったけど本当にそうなんだろうかということから思いついた記事です。
※まあ義務教育はいじめや疾患等でなければ受けておいた方がいいと思うよ。高校は行かないのもアリ(推薦もらえないかつ1人でもくじけない性格ならそっちの方が受験には有利)
上に行ったことで選択肢が狭まった例
・受験して中高一貫校に入りました→その疲労がたたってうつ病になりました
・学校に行きたくないのに無理やり行きました→以下同文
・有名大学に入ってサラリーマンになりました→過重労働でうつ病になりました
などなど
こういうケースは本当によく聞くのですが、それによって「選択肢が狭まった」とは誰も言いません。
日常生活すらマトモにおくれなくなるのですから、確実に選択肢はせばまっているんですけどね。
それならまだ高卒のほうが選択肢があるよ。
やらなくて苦しむだけなら自業自得ともいえるんですが、
やって苦しむのはさらにしんどいでしょう。
※ちなみに、文系を選んだことで「技術系総合職」につけなくなり選択肢が狭まるのですが、そのことはマジで誰も言わない。
自分に合わない選択肢だから目に入らないんだろう。
自分に合わない選択肢を増やしても意味がない
人間には向き不向きがある。進路選択をする際にそのことを忘れてはいけない。
大卒総合職が自分のハダに合うひとなら、選択肢を増やすべきである。
でも、そうじゃない人が無理に増やしたって意味がない。
選択肢がたくさんあっても、最終的に選べるのは1つだけなんだから。
増える選択肢の中に、希望のものが明らかにないなら増やす意味はまったくない。
筆者は薬学部中退で高卒なんだが、大卒しか受けられない仕事に応募したいと思ったことはない。
責任が大きい、コミュ力偏重・・・
いくら給料が高くても、全く魅力が感じられないので。
適性が無いので仮に入っても続けられないでしょうし。
「医者や弁護士」なんて義務教育受けても98パーセントの人間がなれない
「義務教育を受けなければ医者や弁護士になれない」なんて言っている人もいましたが、医者や弁護士のほうがまだマシです。
年齢制限がないので。2浪までという制限が事実上存在するサラリーマン(特に大手)は基本的にそういう意味で厳しいでしょう。
そもそも、医者になるには
①金持ちの家庭に生まれ、偏差値65くらいになること
②東大京大に近い学力を身に着けること
のどちらかを満たさなければならず、義務教育を受けるか否かにかかわらずほとんどの人間が蚊帳の外。
ちょっと金持ってる程度ではアウトで、中央競馬の馬主レベルでないと無理でしょう(某アプリのアレで知ったんだが、所得1700万円以上、資産7500万円以上)
1700万円だとしても所得の半分以上が学費に消しとぶので厳しい世界です。
義務教育を受けろという主張にそういった特殊な職業を持ちだすのは無理があるでしょう。
運命に選ばれなければスタートラインにすら立てないのに。
「仕事ができない大卒」>「仕事ができる高卒」なのは「解雇規制」の問題
よく言いますよね。
仕事ができない大卒より仕事のできる高卒のほうが給料が低い的な事。
それは、学歴の問題ではなく解雇規制の問題である。
一度大卒枠でとってしまった大卒は
どんなに仕事ができなくても、
最初の契約の条件から格下げできないってことですよ。
だから、その会社に入社すらできない大卒<仕事ができる高卒
ということはよくありますよ。
あくまで「入社」できなければ学歴は生きないので。
就職氷河期世代が証明しちゃってるでしょ、それは。
仮に大卒でも、中小企業に「高卒以上」募集の枠で入社した場合、給料は基本的には変わりません。
だから、最初にどういう求人で入ったか、なんですよ。ポイントは。
大卒でも全員が大卒募集で就職できるわけではないので注意。
「その選択肢、本当に必要?」
「選択肢を増やすため」というのは大義名分になりやすいのですが、本当にその選択肢が当人にとってあっているのか、必要なのかは十分に考える必要があります。
たとえば、某知〇袋で炎上していた投稿にこういうものがあります
・投稿者は母親
・息子が数学ができないという理由で文系に行きたいといったのだが、「理系のほうが選択肢が多い」(これは事実)という理由で無理やり理系に行かせた
・その理由は息子に「文系に行って何がやりたいのか」という意思がなかったから
・偏差値40代の理系大学に入学
・息子が無気力になったんだけど何が悪いのかわかってない
・息子は軽度のコミュ障。友達がいない。
これに対しての回答者の返答は以下のようなものでした。
「なぜ文系に行かせてやらなかったのか」
「毒親」
「適性が無い人が理系に行ってもつらいだけ」
「学校にちゃんと行ってるだけマシ」
これを見てもわかるように、適性が無い進路を無理やり歩ませても結局挫折したり、人生が充実しないだけなんですよ。
回答者もそれがわかっている。
文系⇔理系だからこういう返答になっただけで、
文系⇔専門学校だったら別の答えになるのかもしれないですがね。
「選択肢」という錦の御旗を持ちだしてね。
でも同じことだと思いますよ。不適正な選択肢はあっても意味がない。
ただ、個人的には文系でもこの方は詰んでいると感じました。コミュ力ないのはキツイ。
その立場だったら、一般作業員として就職するかな。僕だったら。
(僕は自分の意志で数学が得意じゃない理系志望をやってたからなんともいえんのだが)
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