見出し画像

20世紀最大の数学者に出会う

  ヒトの言語はデジタルであると閃いたが、デジタルとはいったいどういうことなのか。インターネットで調べても、事典をひいても、デジタルとは何かわからない。デジタルの教科書は存在しないし、デジタルの定義も見当たらない。デジタルとは、デジタル信号を順列して、無限の記号を生み出すことを指すのか。それとも、それも含むが、もっと他の特徴もあわせもつ複雑な現象なのだろうか。

 会社の同僚に情報理論で博士号をもつ、頼りになる若手がいたので、聴いてみると、「デジタルは離散・有限・一次元です」という。離散とは、信号がお互いにはっきりと別々のものと識別できること。有限というのは、送り手も受け手も同じ数の信号セットをもっていること。一次元というのは、信号を一列に並べて送受信すること。デジタルな通信メッセージはこの3つを満足する。


検索エンジンでノーベル賞学者と知り合う

 ヒトの言語がデジタルであるということを、僕よりも前に思いついた人はいるだろうか。ふと思いついてGoogle検索エンジンに「human, language, digital」と入力したところ、ヨーロッパの分子生物学の学術雑誌に掲載されたハンス・ノルの「ヒト言語のデジタル起源(The Digital Origin of Human Language – A Synthesi)s」が一番上にひっかかってきた。

   梗概に「知られているすべての言語はデジタルであるという事実は、言語の起源について疑問を引き起こす。ここで展開される解答は、これまで誰も気づかなかった言語と分子レベルの生命のアナログ的およびデジタル的特徴の同型性を示すことによって、言語を情報理論と分子発展の接点として扱う。人間の言語は信号変換における特殊なケースであり、したがってシャノンの定理の符号化とパターン認識のアナログな側面に支配されている。(略)」とある。

 意味はほとんどわからなかったが、ちょっと謎めいた文章に、僕は惹きつけられた。さっそく大学図書館でコピーを入手して、これを読み解くことにしたが、とにかくむずかしい。はじめの数回は、読んだことがさっぱり頭の中に残らなかった。
 それももっともで、この論文の冒頭に紹介されている「創造とは再結合である」と言ったフランソワ・ジャコブは1965年のノーベル生理学医学賞受賞。本文で最も長く引用されているニールス・イェルネは、免疫ネットワーク理論で1984年のノーベル生理学医学賞受賞。イェルネは、利根川進博士がノーベル賞の研究を行ったバーゼル免疫学研究所の所長だった。1987年にノーベル生理学医学賞を単独受賞した利根川博士の推薦者はおそらくイェルネだったと思われる。

 この論文の参考文献の中で、デジタルとは何かをもっともうまく言い表していたのは、20世紀最大の数学者と言われているジョン・フォン・ノイマンだった。「人工頭脳と自己増殖」(原題は「オートマトンの一般的・論理的理論」)には、デジタルの特徴を示す言葉があった。

「生命体は自己を再生する。すなわち生命体は複雑さが何も減少していない新しい生命体を生産する。さらに、長い進化の時期には、その複雑さが増加しさえする。」 
 たった一度の受精で、父と母の特徴の良いところを受け継いで、あとはすべて自動的に細胞分裂を繰り返して、五体満足な赤ちゃんがオギャーと生まれてくる。この自動メカニズムこそがデジタルである。
  
 僕は、ヒトの言語も、生命体の自動メカニズムのようにデジタル進化しているのだろうと思った。いや、もしかしたら、まだ進化の途上にいるのかもしれない。

トップ画像は、米国プリンストンにある高等研究所で、フォン・ノイマンが水爆開発用のコンピューターを製造した施設に、ノイマン生誕百年を記念して貼り付けられたノイマンの胸像レリーフ。(2015年著者撮影)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?