見出し画像

巡礼 6-(3)


「広島の親戚を訪ねましたか?」結城がベンに尋ねた。
「クリスマス休暇にね。いろいろ話を聞いていたが、言葉が出ないほどの衝撃だった。一発の爆弾で、街がこんなになってしまうのが信じられなかった。まさに死の町だったよ。お巡りさんに付き添ってもらって、父方の親戚の家があった辺りを訪ねた。爆心地から近かったから、家は跡形もなかったよ。近くにバラックを建てていた人に尋ねると、叔母と祖父母は被爆して近所の小学校で手当を受けたけれど、いずれも亡くなったことがわかった。叔父と幼い娘はどこかに身を寄せていたらしいが、結局会えなかった。出征した上の息子二人は戦死、満州に渡った三男の行方もわからなかった。せめて祖父母と叔母の墓参りをと思い、葬られた場所を聞いたけれど正確な場所はわからなかった。
 母方の親戚は、アメリカの母からの手紙で、尾道に嫁いだ叔母の家に避難していると聞いていた。それらしい家を見つけると、広い庭がある農家だった。洗濯物を干していた女性に声をかけると、進駐軍の軍服を着た自分を恐れたのか、一目散に家に入ってしまった。家の中から窓をほんの少し開けて、僕を見ているのがわかった。玄関にまわり、『こんにちは、美代の息子です。アメリカから来ました』と日本語で声をかけた。着古した国民服姿の祖父が出てきて、しぼんだ目で僕の顔を睨めるように見たよ。『美代の息子か?』と聞かれたので、そうだと答えると目を細めて何度も頷いた。戦前、母が実家に子供の写真を送っていたので、祖父は私の顔がわかったのだろう。
 一家は私を歓迎してくれた。会えたのは母方の祖父母、叔母夫婦、女学校に通う娘二人だった。祖父母はたまたま8月6日に叔母の家を訪ねていて、原爆を逃れたんだ。叔母夫婦の長男は江田島の海軍兵学校を出た中尉で、一族の誇りだったけれど、レイテで戦死したという。それを聞いて居心地が悪かったけれど、僕に恨みをぶつける親戚はいなかったよ。叔母の家は農家だったから、東京ほど食べ物に困っていないようだった。それでも、PXで買っていった缶詰、砂糖、煙草や石鹸を見て目を輝かせていたよ。日本の親戚に会えたことは、忘れられない思い出だ」

「帰国後、日本の親戚とは連絡をとっていましたか?」
「しばらく、クリスマスカードのやりとりをしていたよ。ずいぶん経ってから、母方の従姉妹が、高校生の子供を連れてアメリカに遊びにきたとき、グランドキャニオンに連れて行ったよ」
「他に、印象深かったことを教えてください」
「日本に留学した友人に再会できたことかな。彼は戦時中、二世というだけで特高に目をつけられ、軍隊でも虐められて苦労したそうだ。彼はアメリカに帰りたがっていたけれど、日本で選挙権を行使したために、アメリカ国籍を回復できなかった。日本人として生きていく覚悟を決めたらしいが、納得できない思いもあっただろう」

「私の友人にも、戦時中に交換船で両親と日本に帰った友人がいたわ。日本に行ったこともなければ、日本語もほとんど話せなかったわ。彼女のような二世が、その後どうしたか気になるわね。日本に残った二世については調べられているの?」アイリスが尋ねた。
「日本に永住した二世に関しては、まだ十分な研究が行われていないのです。開戦で帰国できなくなった二世、戦時中に交換船で日本に渡った二世など、幅広く調査しなければならないのですが……」

 都は結城が帰った後も、日本で暮らすことを選んだ二世のことが頭を離れなかった。アメリカ国籍を持ちながら、敗戦で荒廃した日本で生きることを選んだのには複雑な事情があり、その後も二つの国に翻弄されることがあっただろう。彼ら彼女らは、自分の運命をどう受け止め、日本で生きる道を切り開いたのか。

 アメリカには立派な博物館があり、日系人の経験が記録され、語り継がれていく土壌がある。だが、日本では世論の関心が薄い。彼らが世を去れば、その声は時の彼方に消えてしまう。日系アメリカ人さえ、日本で生きた同胞の声を聞く機会は少ないのではないだろうか。都は、彼ら彼女らの経験を記録したいと思った。


 あの日以来、初めて何かがしたいという思いが芽生えた。だが、自分に何ができるだろう。自分はただの学生で、ジャーナリストでも、結城のような研究者でもない。それでも、彼ら彼女らの一人にでも会って、話を聞きたかった。彼らの経験は、アメリカで生きた二世とは別の角度から、理不尽な運命との向き合い方を示唆してくれる気がした。都は熟考の末、結城に自らの思いを綴った電子メールを送った。引っ込み思案の都にしては、大胆な行動だった。アメリカで暮らしたことで、少し気が大きくなったようだった。

 結城は丁寧に返信してくれた。彼女は都が教育学部であることを考慮し、卒業論文で日本における二世の教育機関について考察し、その過程で日本に永住した二世を探してインタビューしたらどうかと助言をくれた。後日、彼女から電子メールの添付ファイルで、日系アメリカ人研究を始める前に、読んでおくべき文献のリストが送られてきた。彼女はアメリカにいるうちに日系アメリカ人に関する英語文献を読める読解力をつけておくこと、聞き取り調査の方法を勉強しておくことをアドバイスしてくれた。

 都は結城が紹介してくれた文献をアマゾンで購入し、暇があると頁を繰っていた。英語の専門書を初めて読む都には、1頁を消化するにも多大な時間と労力が必要だった。10頁も読むと、目が疲れ、首筋が張り、肩は石のように凝っていた。一度読んだ箇所を次の日にもう一度読み返してから次の頁に進むペースで、何度投げ出したくなったかわからない。