ピアノを拭く人 第2章 (7)
エアコンが温風を送り出す音と、冷蔵庫の低くうなる音が、夜の静寂に溶けていく。
彩子はソファに横になり、時間を忘れて本のページを繰っていた。ユヴァル・ノア・ハラリのパンデミックに対する提言をまとめた新刊は、あらゆる方面から知的好奇心を刺激する。同時に、自分の携わっている仕事への長期的影響についても深い思索を促す。
彩子は、それを仕事仲間だけではなく、透とも共有し、議論したいと思った。強迫症に苦しんでいる透に、それを求める時期ではないとわかっている。だが、自分は透とそうした