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ピアノを拭く人 [長編小説] (完結)

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彩子が出会った素敵なピアノを奏でる男性は、些細なことが気になって居ても立ってもいられなくなる病に悩まされていた。
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#不完全恐怖

ピアノを拭く人 第1章 (11)

 手を伸ばせば金色の月に届きそうな夜だった。  閉店時間を過ぎたフェルセンの出窓から明か…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (12)

 手紙を書くために、トオルが明るくしていた照明が、彼の目元の疲労を悲しいほどに際立たせて…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第1章 (14)

 昼過ぎから降り始めた雨は一旦弱まったが、夕方には勢いを増していた。彩子は車のワイパーを…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第2章 (1)

彩子は信号待ちをしながら、スーツ姿の男性が、道路に積もった落ち葉を無遠慮に踏みつけ、速…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第2章 (2)

 透はカバンからファブリーズを取り出し、助手席の座布団に吹きつけてから車のドアを閉めた。…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第2章 (3)

 彩子は、ソファに腰を下ろし、心理士が患者を迎えにきて、それぞれの部屋に案内する様子を眺…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第2章(5)

 彩子は透の居場所を守るために、早速行動を開始した。  その夜のうちに、フェルセンのFacebook、 Twitter、 Instagramを立ち上げ、透に更新を任せた。次の日の仕事帰りには、フェルセンで羽生と相談して、サーバーとドメイン、掲載内容を決め、ホームページ作成にかかった。透が燕尾服を着て演奏する動画を載せたことも手伝い、アクセス数は順調に伸び、彼目当ての女性客が、ぱらぱらと訪れている。  だが、連日、感染者数が報道され、外出自粛ムードが高まるなか、オンラインでの対

ピアノを拭く人 第2章 (6)

「透、お客様がいなくても、勤務中だ」  羽生が、いつになく険しい声で言い放った。透は入口…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第2章 (7)

 エアコンが温風を送り出す音と、冷蔵庫の低くうなる音が、夜の静寂に溶けていく。  彩子は…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第2章(10)

To  Saiko MIZUSAWA From Toru Yoshii Title 最後のエクスポージャー 彩子へ  ようやく…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第3章 (4)

 彩子は、勤務の終わった透を拾うために、フェルセンの駐車場に車を入れた。木の間にのぞく冴…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第3章 (5)

 月は川面に映りそうなほど、煌々と輝いている。彩子は、信号待ちをしながら、買い物を繰り返…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第3章 (7)

 彩子はソファから立ち上がり、真っ直ぐバスルームに向かった。  ピンクグレープフルーツの…

may_citrus
3年前
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ピアノを拭く人 第3章 (8)

 年の瀬が迫っているが、車は思ったよりスムーズに流れている。新型コロナウイルスの感染者数は日々増加している。例年なら、故郷へ向かう車や、年末年始を迎えるための買い出しに出る車が増え、渋滞に苛立ちを募らせることを思うと、彩子は寂しいような解放されたような複雑な思いにとらわれた。 「羽生さんが、年末年始は1月2日を除いて店を開けるけど、歌は自粛しようって」助手席の透が、手袋をもてあそびながら、寂しさをにじませて言った。 「そう。残念だけど仕方ないね。透さん、マスクして歌ってるの