ピアノを拭く人 第3章 (8)
年の瀬が迫っているが、車は思ったよりスムーズに流れている。新型コロナウイルスの感染者数は日々増加している。例年なら、故郷へ向かう車や、年末年始を迎えるための買い出しに出る車が増え、渋滞に苛立ちを募らせることを思うと、彩子は寂しいような解放されたような複雑な思いにとらわれた。
「羽生さんが、年末年始は1月2日を除いて店を開けるけど、歌は自粛しようって」助手席の透が、手袋をもてあそびながら、寂しさをにじませて言った。
「そう。残念だけど仕方ないね。透さん、マスクして歌ってるの