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【表現者と鑑賞者のインタラクション】野木青依×宮﨑有里×篠村友輝哉「音楽人のことば」第13回 前編

過去の「音楽人のことば」で対談してくださった方の再登場を軸にしたシリーズ内鼎談企画、今回は第9回のゲストだったマリンビストでモデルの野木青依さんと、本企画初のクラシック音楽家でないゲスト、アートマネージャーでシンガーソングライターの宮﨑有里さんをお招きいたしました(野木さんのご紹介はこちらの第9回記事冒頭をご覧ください)。
 宮﨑さんと私は高校の同級生で、「変わり者」と目されていた私にも親しくしてくれた数少ない(!)一人です。とにかく歌うことが大好きで、学園祭のバンドなどで溌溂とした歌声を何度となく聴かせてもらっていました。大学卒業後、現在はNPO法人「トッピングイースト」での活動を中心にアートマネージャーとして様々なアートイベントに携わる一方で、シンガーとしても活動されています。
 そんな彼女と、桐朋学園での友人である野木さんが、お二人の活動拠点が同じ墨田区であることで繋がり、そのことに私が驚いている間になんとこの秋には2人でイベントをやることにまでなっていました。今回は、そのイベントについてのお話を含めつつ、表現者と鑑賞者のインタラクションというテーマで、アーティストとマネジメントの立場から様々に語っていただきました。

©️工藤葵


野木青依(のぎ あおい)
桐朋学園大学音楽学部打楽器科卒業。
2018年8月メルボルンにて開催された ”第5回全豪マリンバコンクール”第3位並びに新曲課題における最優秀演奏賞受賞。「健康とユーモア、子供心が踊ること」をモットーに、親子向けの音楽WS・銭湯などの公共空間で演奏会を多数開催。モデルとしても活動。URBAN RESEARCH "URBAN SENTO”メインビジュアルモデル他。


宮﨑有里(みやざき ゆり)
1995年生まれ、千葉県出身、墨田区在住のフリーランス。小学生の頃から歌うことが好きで歌手を志し、学生時代から本格的にシンガー・ソングライターとして活動を始める。2015年青山学院大学学園祭テーマソングのコンペにオリジナル曲「WAO!」が選ばれる。一方でアートプロジェクトにも関心があり、2019年よりNPO法人トッピングイーストで、隅田川を舞台にした音楽とアートのイベント『隅田川怒涛』の事務局を務める。野木青依さんの企画「マリンバさんのお引っ越し」では、制作マネージャーを務める。

──アーティストへの愛

篠村 高校での友人である有里さんと大学での友人である青依さんが、いつの間にか私の関しないところで繋がっていて、しかも、この11月には「すみゆめ(隅田川 森羅万象 墨に夢)」という墨田区でのアートプロジェクトに、「マリンバさんのお引越し」という企画で2人で参加されるということで、なんだかとても嬉しく思っています。
 有里さんは自分でも歌を歌っていて、表現者としての顔を持っているわけだけれど、そういう人がサポート、マネジメントをしてくれるというのは、アーティストにとっては本当に心強いことだと思います。
 
宮﨑 アーティストへの愛はかなり深いと思う。私は大学の時に、自分の表現に自信が持てなくなってしまったのだけれど、そういう経験があるからこそ、自分が一緒にやるアーティストを全力で肯定して、その人がやりたいことを自信をもって表現できるようにサポートしていきたい。それから、回を重ねるごとに表現をステップアップさせていってもらいたいから、今回の野木ちゃんとの企画も、昨年の「すみゆめ」でやっていたパフォーマンスと「同じくらい良いものができたね」じゃなくて、「あの時より良いものができたね」と思えるものにしたいです!
 
野木 感動……!(笑)
 
篠村 やる人の苦労を知っているのは大きいよね。それをわかっているかどうかは、絶対アーティストにも伝わる。自分も、ライターとしてレビューを書くときに、その演奏家や作曲家への敬意というのは絶対的なものとしてある。やっぱり、演奏することとか演奏会に向けて準備することがいかに大変かを知っているから、そこは絶対に揺らがない。実際に、書いたレビューをそこで取り上げた演奏家や作曲家ご本人に読んでもらうと、そこのところを感じたと仰ってくれる。それは、批評としては甘さに繋がり得るという弱点でもあることはわかっているけれど、もっとそこが混ざり合ってもいいんじゃないかと思う。今はアーティストとマネージャーとレビュワーが、ある意味分かれすぎてしまっていると感じるかな。
 
野木 ゆりえる(宮﨑さんのニックネーム)は、この間の7月3日にあったライヴに来てくれたときも、マリンバの解体を手伝いたいと言ってくれたりして、そういうことは本当にありがたいことだなあと。
 
宮﨑 イベント当日に初めて解体して壊さないようにね(笑)。
 
野木 ゆりえるは、最初は学生の時にボランティアでアートイベントに関わり始めて、今は仕事になっているわけだけれど、ボランティアでやるのと今の立場でやるのでは全く大変さが違うんじゃない?
 
宮﨑 ボランティアは当日の現場だけ手伝うことが多いけど、今はその前の計画や全体を考えて、細かいことも含めてやらなきゃいけないから、関わる量が全く変わって確かに大変…。でも、自分の武器を増やしていくための道のりだと思って楽しんでいるかな。変わっていないと思うところは、やらされている感がないこと。ボランティアの語源の通り自主性みたいなものが強くあるのかな。
 それに、もともとボランティア気質というか、所属したがらない気質みたいなものがあって。中学生の時も、休み時間に自分のクラスにいなかったり、高校の時も違うクラスの子と仲良くなることが多かったし、大学のゼミでも所属してないゼミに勝手に参加して勉強を頑張っていた(笑)。「所属したんだからその中のことをやるのは当たり前」というあり方が、自分にとっては不自然なんだと思う。それに、完全に所属しているわけではない立場でいるほうが、凝り固まっているところをほぐせることがある。ずっと同じグループにいると、上下関係ができて、思っていることが言えないとか、暗黙の了解でみんな黙っているようなことが起きてしまうけど、第三者的な視点からそれらをほぐしていく役割でありたいなと思っている。ボランティアから仕事に変わったけれど、精神とかスタンスとしてはボランティアのようでありたいと思っています。

──外的環境に「ポジティブに順応する」

宮﨑 野木ちゃんはモデルもやっているから、演奏のときでも「見られている」ということを意識しているのかな?
 
野木 すごくしていると思う(笑)。演奏している最中は考えられないのだけれど、演奏前後とか、ワークショップのMCのときとかは意識していて。あと、演奏が終わったあとの拍手やあいさつまでの間の取り方とか。やっぱり姿勢は気にしていて、演奏しているときもナチュラルな姿勢でいることは気をつけているかな。モデルの仕事のときでも、何かを演じているっていうわけではないんだけれど、自分の自信のなさとかは見せないようにするというか、演奏中もミスをしても表情に出さないとか、聴いている人や見ている人を不安にさせるようなものは絶対出さないようにというのは意識しています。
 
宮﨑 そういう自信のなさって伝わってしまうもんね。
 
篠村 やっぱり、聴衆とか観客という他者の存在が、自分の表現に影響を与えているということだ思うんだよね。自分と楽器だけの空間、つまり他者を意識しない空間の方が集中できるように思うけれど、実は誰かが聴いてくれることで表現の密度というのは濃くなる。
 
野木 このパンデミックになるまでは、目の前にお客さんがいる状況しか考えたことがなかった。今までは、そういう状況を前提として企画していたし、演奏していたということに気がついて。で、家で演奏する時間が増えて、今年の2月くらいからは自宅からインスタライブを始めたりして、その映像を後から客観的に見て気づいたのは、すごく「半プライベート」な自分で演奏して話していること。普段の演奏会とかで話すときは、声もたぶん高いんだけど、インスタライブを見たら、やっぱり家にいるから声も低いし話し方もゆっくりだし、演奏も力が抜けてるし…みたいな感じで。今までの演奏会では、「公の場での野木青依」だったんだなと気づいた。
 
篠村 僕も演奏会で弾いていると、練習では弾いたことがないような表現──フレーズの弾き方とか音色の変化の仕方──が降ってくる経験があるのだけれど、それはやっぱり、自分の中から出てきた表現ではあるけれど、聴き手の影響も受けながら表現しているということなんだよね。家で弾いているときは相手の反応を感じることはできないから、そういうことが起きない。もっと卑近な例で言えば、日常の会話なんかでも、相手の反応によって想定していたのと違う方向に話が進んだりするといったことはよくあることで、そういう感じに近いね。
 
野木 でも最近は、「家での野木青依」と「公での野木青依」がいい方向に混ざっていると感じていて。家でやっているときは周りの目が何もないから、自分の好きなままに、好奇心のままに演奏しているというか、めちゃめちゃに踊っていたりして(笑)、その自分もいいなと。最近、ライヴが再開できるようになって、もともとフラメンコとバレエを習っていたこともあって踊るのが好きなことから、スタイルがダンスミュージックっぽくなってきた。もっと「子供の自分」も公の場に持っていけたらと思っていて、今度のゆりえるとの企画もそこがテーマになるかなと思っています。
 
宮﨑 それまでは、ダンスミュージックを取り入れようと思ったことはなかったの?
 
野木 現代音楽とかクラシックをやっているし、そういうのをやる場の方が多かったんだけど、もともとポップスとかファンクとかソウルとかも好きで。ただ、私の中でのダンスミュージックは、家で遊ぶもの、家で自分を開放するものとしてあったから、それを自分がマリンバで人前でやるというのは考えたこともなかった。緊急事態宣言中にやることがなくて、ただ自分が笑えるような、「マリンバで踊る」ようなアルバムを作ってみたら、ただ楽しかったというものを作品にするのはちょっと軽いんじゃないかしらという思いがあったのだけれど、こういうのもいいんじゃないかと思えるようになって、やれるようになってきました。
 
宮﨑 私にとっての「パブリックな自分」は、仕事をしている自分になるのかなと思うんだけど、今まではその自分でいる比重が大きかったから、突然パンデミックになって「プライベートな自分」でいる時間が長くなった。そうすると、「こういうとき何すればいいんだろう」って、「プライベートな自分」がどうしたいのかがわからなくなったことがあった。野木ちゃんは、ダンスミュージックをやる「プライベートな自分」でいる時間が長くなったから、それをパブリックに持っていけるくらい自信がついたということなのかな。
 仕事をしている自分の比重が大きいと、本当に自分が好きなことを抑圧したり、後回しにしてしまうことがある。それって、今話になっていたように、外的な環境に影響されることなんだと思う。今度の企画ではむしろ、外的環境に影響されず「ありのままの自分」を持っていきたいよね。
 
野木 「ありのままの自分を持っていく」のはその通りなんだけど、そこに順応しないというわけではない。即興演奏って、子供たちが寄ってくると自分の気分も変わって演奏も変わるし、もっと実際的なことで言うと、高音が弾けないくらい寄ってきたりすることもある(笑)。でもそういうことにはポジティブに順応していきたい。「ありのままの自分」と言っても、例えば「本当は強く言いたいけど言えない」ということがあっても、それもまた自分だと思っていて。ただ、顔色をうかがうようなことはしたくない。演奏や企画の内容自体は、場所の雰囲気やスタッフ、共演者によっていい意味で変わっていくけど、「こうしたらこの人たちに評価されるんじゃないか」みたいなものは持ち込まない。ある意味子供のままでいるというか。その姿を見てもらえるのが、地域のアートプロジェクトの醍醐味なんじゃないかなと思います。
 
宮﨑 「ポジティブに順応していく」っていいね。
 
篠村 11月のイベントは、墨田区をあちこちに移動して演奏するということで、場所や聴きに来る人によって、青依さんの表現がいろいろ変わっていくということが起きそうだね。
 
野木 やる場所も、それぞれ雰囲気の違う場所を探しています。カフェとか、あとなるべく子供が来る場所とか。普段どういう方が来るのかとかもリサーチして。でも、根底にある想いとかは一貫させたい。
 
宮﨑 「ポジティブに順応する」ことでどんなことが起きるのか楽しみだし、一人一人の「子供心」を引き出せるような仕掛けを考えられたらなと思っています。

後編につづく(こちら
(構成・文:篠村友輝哉)
*今回は校正にあたって宮﨑さんにお力添えいただきました。この場を借りて改めてお礼申し上げます。有里さん、どうもありがとう。

《併せて読みたい》
【表現者として現代を生きる】野木青依×篠村友輝哉「音楽人のことば」第9回 前編 https://note.com/shinomuray/n/nc50724b62fb7
【表現者として現代を生きる】野木青依×篠村友輝哉「音楽人のことば」第9回 後編 https://note.com/shinomuray/n/nad4a27881f7c


野木青依(のぎ あおい)
11歳からマリンバ演奏を始める。
桐朋学園大学音楽学部打楽器科卒業。
2018年8月メルボルンにて開催された ”第5回全豪マリンバコンクール”第3位並びに新曲課題における最優秀演奏賞受賞。その他国内外のコンクールで受賞歴を持つ。
「健康とユーモア、子供心が踊ること」をモットーに、親子向けの音楽WS・銭湯などの公共空間で演奏会を多数開催。
モデルとしても活動。URBAN RESEARCH "URBAN SENTO”メインビジュアルモデル他。

宮﨑有里(みやざき ゆり)
1995年生まれ、千葉県出身、墨田区在住のフリーランス。小学生の頃から歌うことが好きで歌手を志し、学生時代から本格的にシンガー・ソングライターとして活動を始める。2015年青山学院大学学園祭テーマソングのコンペにオリジナル曲「WAO!」が選ばれる。一方でアートプロジェクトにも関心があり、2019年よりNPO法人トッピングイーストで、隅田川を舞台にした音楽とアートのイベント『隅田川怒涛』の事務局を務める。野木青依さんの企画「マリンバさんのお引っ越し」では、制作マネージャーを務める。

篠村友輝哉(しのむら ゆきや)
桐朋学園大学音楽学部卒業、同大学大学院音楽研究科修士課程修了。
在学中、桐朋学園表参道サロンコンサートシリーズ、大学ピアノ専攻卒業演奏会、大学院Fresh Concertなどの演奏会に出演。また、桐朋ピアノコンペティション第3位、ショパン国際ピアノコンクールinASIA(大学生部門)銅賞、熊谷ひばりピアノコンクール金賞及び埼玉県知事賞、東京ピアノコンクール優秀伴奏者賞など受賞。かさま国際音楽アカデミー2014、2015に参加、連続してかさま音楽賞受賞。
専門のピアノ音楽から室内楽、弦楽器、オーケストラ、歌曲、コンテンポラリーに至るまで幅広いジャンルで音楽・演奏批評を執筆。東京国際芸術協会会報「Tiaa Style」では2019年の1年間エッセイ・演奏批評の連載を担当した。同紙2021年8月号から新連載「耳を澄ます言葉」が開始予定。曲目解説の執筆、演奏会のプロデュースも手掛ける。エッセイや講座、メディアでは文学、映画、美術、社会問題など音楽以外の分野にも積極的に言及している。修士論文はシューベルト。
演奏、執筆と並んで、後進の指導にも意欲的に取り組んでいる。
ピアノを寿明義和、岡本美智子、田部京子の各氏に、室内楽を川村文雄氏に師事。

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