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住所がないトニーのこと

Day 10 :

トニーのこと。

トニーとはサンフランシスコの街角で初めて会った。
彼はしばらくここに座っているぞと決心したような佇まいでどこかを見ていて、
私は話しかけたのだった。

トニーには家がなかった。彼の母親が病気になり、その医療費の支払いで家を手放すことを余儀なくされ、
路頭に迷ったという。アメリカではそういう話が少なくない。

しばらく話して、私はトニーに連絡先を聞こうと思ったが持っていた携帯も今は使えないという。
「そしたら手紙を書いてくれないか?」
と彼は角のデリを指して言う。
「あの店のオーナーが俺の郵便物を受け取ってくれるんだ」
彼は鉛筆で切れっ端の紙に住所を書いてくれた。

私がカメラを構えると恥ずかしそうにしていた。
暗くなってきたからもう行くね、と伝えると、ぺっちゃんこのお財布をおもむろおに出してトニーはこう言った。
「電車のお金ある?俺、回数券があるから、よかったらあげるよ」と切符を渡そうとする。
歩いて帰るからいらないよと私は言った。

翌週、トニーに会おうとその場所へ行った。
でもトニーはそこにいなかった。
その次の日も次の日もそこへ行ったけど彼はやっぱりいなかった。
デリのおじさんに聞くと、「そんなやつのことは知らない」と言う。
サンフランシスコの街を歩きながらもトニーのことを考えた。
結局彼には二度と会えなかった。

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