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オカえもん ~無能社員機械化ボタン~

はじめに

 「オカえもん」の世界は、現実世界とは似ているけど別物だよ!
 「オカえもん」の世界と現実世界との区別が付かなくなったり、気分が悪くなったりしたら、インターネットを閉じてゆっくり休んでね!
 このことだけは、オカえもんとの約束だよ!
 それでは本編、はじまりはじまり~!

無能社員機械化ボタン

 「あああ!!! また客に怒鳴られた!!!」
 事務所に中年男性の声が虚しく響く。モンスターバイトも悩みのタネだ。
 「お客さんの笑顔が楽しみだしお金が心配だから、この仕事はやめられないけど、なんかバイトが全然シフトに入ってくれないな。俺は家に帰っても居場所がないのに、羨ましいよ」
 正社員に昇進して店長になりたての男性。まさに仕事だけが生きがいだ。
 「そろそろ棚卸しの時期か、面倒だな。アルバイトにも手伝って欲しいけど、何かと言い訳するもんな」
 「あー、イライラしてきたな。明日は休みだから、久し振りに散歩でも行くか」

 翌日、店長は散歩に出る。しばらくすると、奇妙な光景に気付く。
 「ええ……。白昼堂々、緑のワンピースを着たメガネの男が歩いてるよ……。夢じゃないよな」
 「悩めるそこの方。こんにちは」
 「うわ! 宗教勧誘は勘弁してくださいね」
 「そんなことはしませんよ。失礼、名乗っていませんでしたね。僕は成績向上支援人型ロボットの『オカえもん』です」
 「ええ……」
 「何かあなたが悩みを抱えているように見えます。僕は心配なんですよ、特に最近は凶悪犯罪が増えていて……」
 「私がそんなことするわけないでしょう! こっちはアルバイトが全然シフトに入ってくれなくて、しんどいんですから!」
 「そうですか。僕は貴方の事情にはあまり詳しくないのですが、相当追い込まれているようですね」
 店長はオカえもんが何かを持っていることに気付く。
 「何か持ってますね。私に見せていただけますか?」
 「しょうがないですね。秘密でも何でもないですが、こんな道具を差し上げましょう……」
 オカえもんは引き出しから道具を取り出す。

 ギャハハハ。
 気味の悪い高笑いのBGMが響き渡る。
 「無能社員機械化ボタン」

 「え、何ですか。このボタンは」
 「迷える店長さん。この『無能社員機械化ボタン』を使うとですね、貴方が無能だとみなした社員さんを1人だけ、『機械化』することができます」
 「このボタン、そんな機能があるんですね」
 「赤い針を向けて黒いボタンを押すことで、向けた先にいる社員さんが『機械化』されます。ただし、使えるのは合計3回までなので注意してください」
 「なるほど……良いボタンですね。では『機械化』したらどうなるんですか?」
 「貴方の命令を聞かせられるようになります。無能だとみなしていたり、好き勝手な行動をしていたりする社員さんに使うのが良いのではないでしょうか」
 「是非いただきたいです」
 「はい、こちら3万円です」
 「お金がかかるんですか……、まあ良いでしょう! そろそろ休憩が終わるので帰ります、ありがとうございました!」
 「あ、すみません、最後に1つ言っておきたいことがあるのですが……。ああ、行っちゃいましたね……」
 オカえもんは帰っていった。

 店長は早速、「無能社員機械化ボタン」の電源を入れる。
 「よし、これで安心ですね。他の人に使われないように、常に持ち歩きましょう。ああ、今日も態度の悪いアルバイトが来ましたね……」
 「はあ、面倒で機嫌が悪いけど、アルバイト、やってやr」
 ポチッ。
 「しっかり目を見て、挨拶くらいしてくれよ」
 「申し訳ありません、おはようございます」
 「私はちょっと事務所で作業するから、レジにいて欲しいな」

 店長は事務所でボタンの効果に驚く。
 「1回目の『機械化』、完了ですか! このボタン、物凄く良いですね! ただ、いつまで効果が続くのか分かりませんが……」

 翌週。店長はすっかり従順になったアルバイトに対して、シフトの交渉をしていた。
 「どうしても人が足りないんだよ、頼むよ」
 「観たいアニメがあるn」
 ポチッ。
 「何か言った? バイトくん」
 「はい、週5で入ります!」

 店長は事務所でつぶやく。
 「2回目の『機械化』、完了ですね。これって、使えば使うほど『機械化』の強さも上がっていくんですね。3回しか使えないのが惜しいですけど、3万円ですからしょうがないですね」
 「店長、何をブツブツ言っているんですか」
 「あ、バイトくん! 消費期限切れの食品を廃棄してくれないかい?」
 「はい、分かりました」
 「私は先に帰るね」
 「お疲れ様でした」

 バク、バク、バク……。
 咀嚼音が1人きりの事務所に響く。
 「最近仕事がめちゃくちゃ増えて、食事をする余裕もないよ……、うっ」
 アルバイトは思わずお手洗いに駆け込む。
 「はあ、はあ……。久々にたくさん食べちゃったから、胃が受け付けないよ……。何かお腹も痛くなってきたし……。生魚を食べちゃったからかな……」
 ピンポーン。
 客が来る音だ。
 「よし、行くか……」

 その頃、オカえもんは家でクリームサンドビスケットを作っていた。
 「真っ白なクリームをたっぷり乗せて、と……」
 甘いクリームでかき消せない不安が、オカえもんを襲う。
 「あ! 押しすぎちゃいました!」
 オカえもんは指で慌ててクリームを拭い取る。無意識に強く押しすぎたせいか、ビスケットも割れてしまった。
 「やってしまいましたね……。外から必要な量を遥かに超えた力をかけると、取り返しのつかないことになりますね……」
 「まあ、壊れたのがお菓子で済んだだけ、まだ良かったですけど……」

 翌月。店長はアルバイトを説教していた。
 「変なミスがまた増えてるよ! 気を付けてよ!」
 「ごめんなさい……、色々とやることが多すぎて……」
 「次やらかしたら、シフト週6で入れるから」
 「これ以上仕事を増やすんですか! こんな所なんかやめm」
 ポチッ。
 「わかりました。これからもはたらきます」

 店長は事務所で満面の笑みを浮かべる。
 「3回目の『機械化』、完了ですね! こんな素敵なボタン、どうしてもう使えないんですか! 10回でも100回でも使ってやりたいですよ! また『オカえもん』さん、来ませんかね!」

 月日はどんどん流れる。
 「機械化」も3段階目となり、店長はありきたりの行動を実行するようになる。
 24時間不眠不休、30連勤、ミスで恫喝、実家に脅迫……。
 店長はありとあらゆるネガティブな出来事を、すべて「無能」なアルバイトに押し付けるようになった。

 しばらくしたある日。いつものように客はアルバイトが1人で対応していた。
 「もう全然頭が回らないんだけど……。来ないと無理矢理連れて行かれて、店長に平手打ちされちゃうからな」
 「客が来ないし、ちょっと寝ようか……な……」
 バキン。
 「……え!?」
 眠気に耐えられず頭が落ちてしまい、レジが壊れてしまった。
 「どうしよう……。黙っていてもバレるし、店長には何を言われるか分からないし、とりあえず本部に連絡だな……」

 「ウチのアルバイトが勝手にレジを壊したんですよね。私の監督不行き届きも悪いんですが……」
 「アルバイトが故意にレジを壊したんですか、信じられませんね。始末書はお持ちですか?」
 「はい、ここにあります」
 「どれどれ……、見させていただきますね」

 店長は不安な顔で返事を待つ。
 「こんな始末書、通るわけないじゃないですか。どうして人間じゃない名前が書かれているんですか」
 「え、どういうことですか?」
 店長は困惑する。

 「だから、人間じゃない名前が書かれていますよ。新しいレジの代金は本部で建て替えておくので、よろしくお願いいたします」
 「そうですか……。分かりました」

 その頃、アルバイトは路頭に迷っていた。
 「あああ!!! もう!!! どうしてあんなに理不尽で、酷いことをされなきゃいけないんだよ」
 「お兄さん、どうしたの」
 アルバイトは、10歳前後の少女が声をかけてきたことに気付く。
 「こちらこそ、どうしたんだ?」
 「私、お母さんのお手伝いで、マッチを配ってるの。最後の3箱なんだけど、配り切らないと何言われるか分からなくて……」
 「じゃあ、全部くれないか」
 「分かった! そうそう、お母さんが『これもセットであげな』って言ってたから、これも!」
 「ん……? 『天使の聖水』?」
 「お母さんが言ってたんだけど、このマッチとセットで使うと良いんだって!」
 「そうか……。ありがとな」
 「お兄さん、私を助けてくれてありがとう!」
 少女はスキップで去っていった。

 その夜、店長は深夜勤務の準備をしていた。
 「さて、今日も仕事を頑張るか。……ん?」

 店長は誰かがいることに気付く。3回連続で「機械化」したアルバイトだ。
 「え……? 今日は貴方のシフトじゃないよ?」
 「お前、よくも俺のことを『機械化』してくれたな」
 脳ミソをつんざく声が響く。
 「でも、貴方が無能だったから仕方がなかったんだよ。貴方が壊したレジの損害賠償も押し付けられたし……」
 「は?」
 アルバイトはクマだらけの目で、冷たく言い放つ。
 「機械にされたから、人間の法律は通用しなくなったんだよ。他人に暴力を振るうってことは、『そういう覚悟』があるんだろ?」
 「え……?」
 「そして店長さん、良いニュースがあるぜ。俺、今日スピード違反したけど、おとがめなしだったんだ」
 「つ、つ、つまり……。 そして、き、君、何を持って……」
 「もう俺は『機械』だ。だから何をやっても犯罪にならないよな!」

 アルバイトは、手に入れた「天使の聖水」を店長の頭に注ぐ。
 「待ってくれ、この液体の匂い、絶対に灯油じゃないか! それに、まだ従業員が他に3人……」
 「知ったことかよ。こんな店で働いているヤツなんて、お前と同罪に決まってるだろうが。俺に対する暴力を、見て見ぬふりをしやがってよ!」
 アルバイトは、とうとうマッチに火を付ける。
 「助けてくれてありがとな、『マッチ売りの少女』さん。そしてさようなら、店長さん」
 「あ……、あ……、あああああ!!!!!」

 その頃、オカえもんはハーブティーを飲みながらニュースを見ていた。
 「速報です。今日午後8時半ごろ『スーパーから火が出ている』と119番通報がありました。通報を受けて駆け付けた救急隊員により、焼け跡から4人の遺体が発見されました。店長および従業員と連絡が取れなくなっていることから、遺体はこの4人と見られています。なお、客に怪我はありませんでした」
 「ああ……。だから『最後まで説明は聞いてください』って、言ったんですけどね……」
 「焼け跡から故障して修理不可能になった二足歩行ロボットが見つかり、その付近が激しく燃えていたことから、回路のショートが出火原因と見られています」

 「教育って難しいですね」

おわり。

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