見出し画像

ベルトコンベア


流れてくる機械のパーツを一つ一つ手に取り、裏表異常がないことを確認してからまたベルトコンベアに流す。一連の作業は気が遠くなるほど単純で、1日7時間の勤務時間を永遠のように感じさせた。
「なあ田中、俺この前聞いたんだけどよ」
隣の山田が声をかけてきた。工場内には一定の機械音が響いていたが、男にしては高音の山田の声はよく通った。俺は山田の顔をチラリと見て、話の続きを促した。
「これからはAIが世界の色んな仕事を奪ってゆくんだってよ」
「AIって人工知能か?」
「そう、だから俺たちのこの仕事だって無くなっちまうかも」
「へえ」
この仕事をやらなくて済むのはありがたいが、仕事がなくなれば金がなくなる。金がなくなったやつにこの世界は冷たい。
「おいそれ、流れていくぞ」
山田が指さしたパーツを慌てて手に取って確認した。異常なし。平静を装って話を再開する。
「じゃあ俺らはAI以下ってことか」
仕事ができるやつに仕事は奪われていく。奪われた側は致命的に敗者だ。
「いや、AIを作ったのは人間だろ?人間の方が上に決まってる」
「それならAIを作った人間、AI、AIを作ってない人間の順に偉いってことになる。俺らは最下層だな」
俺がそう反論すると、山田はパーツを手にして笑った。
「田中よ、これがなんだか知ってるか?」
偉そうに聞かれて薄く腹が立ったが、その質問の答えは知らなかった。重要なのはこれが何かではなく、これに異常があるかの確認だったからだ。首を振ると田中の嬉しそうな顔が更に歪んだ。
「これさ、AIの部品なんだよ。俺たちはAIを作ってる側の人間なの。だから田中の理論で言えば、俺たちはAIより上」
山田の顔を注視して、またパーツを未確認のまま流してしまうところだった。腕を伸ばして流れていきそうな部品を二つ手に取り、おざなりに確認してすぐ流した。
「じゃあ俺たちは自分の仕事を奪う存在をわざわざ作っているのか。とんだ大馬鹿だな」
そう返すとさすがの山田も黙った。
俺も作業に集中したが、次第に馬鹿らしくなってきた。遅かれ早かれここの仕事はクビになるのだ。自分の首を絞める縄を、自分で綯っているようなものではないか。むしゃくしゃしてパーツの一つを床に投げつけた。低くて重い音を立ててパーツは壊れたが、すぐに周囲の機械音に吸収された。
異変を察知した工場内が赤く光り、サイレンが鳴り出した。ベルトコンベアがストップし、作業員が皆手を止める。山田が心配そうな目でこちらを見ていた。
もう、どうなったって良いじゃないか・・・。

AI部品工場管理室にて、室長が深いため息をついた。
「またあの田中ですよ。今度は部品を床に投げつけたんです」
田中はトラブルを頻繁に起こす作業員だった。この前は異常のある部品をわざと流すというよく分からない反抗をした。
電話越しの課長が苦笑している。こうやってトラブルを報告しても、課長が何か行動に移すことはほとんどない。
「そろそろやめた方がいいんじゃないですか」
意を決してそう進言してみる。田中がいなくなれば、この工場の作業効率は格段に上がるはずだ。
だいたいなんなのだ、AIに人間味を持たせようという会社の方針は。そんなものは正確性や効率が重要な工場には不要なものだ。田中も山田も人間味はあるが、AIなのにミスやトラブルが多すぎる。
「社長が決めたことだからなんとも言えないなあ」
課長はまた逃げの一手だ。人間だからって調子に乗りやがって。室長はロボットアームを悔しげに握った。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?