この世界バイブス次第でパラダイスです
お笑いの話ばかりなので、たまには歌の話でもしてみようと思います。
タイトルに書いたのは、BASIの「これだけで十分なのに」という歌のラインです。
HIPHOPは普段唾奇や般若、CHICO CARLITOあたりを聞くのですが、今のHIPHOPシーンで一番好きなのはこのラインです。
一度聞いただけで耳にも頭にも残るラインってのは少ないですが、これはもう残りまくった。
本当に足りないものなんて実はそんなないんじゃない
僕はこれだけで十分なのにこれだけじゃダメですか
周りと持ち物比べて 色々と欲しくなって
人の目がそうさせるのか これだけで十分なのに
歌詞カードも読んでいないのに、hookもすぐに浮かんできます。
日本のHIPHOPシーンの楽曲ってルーツがアメリカにあるので、日本語で耳に残るラインが結構少ないんですよね。英語混じりだったり、日本語のアクセントをフロウに乗せると一気に耳馴染みが悪くなる。
しかもメッセージ性の薄い楽曲が多い。いや、恋愛ソングばかりを歌うロックバンドにも言えることなんですが、無骨だったはずのロックバンドが愛や恋に人生の意味を見出したり、悪い見た目のヒップホップクルーがいつまでも大麻がどうとか逮捕がどうかと歌う。これってリアルじゃないし、共感できないし、時代を反映していない。恋や愛が人生の全てだって思えるのは学生までだし、大麻について歌うならヤクブーツはやめろで十分。
いま音楽にお金を出す層が見かけの格好よさだけで追っちゃうから、そこへ向けてダサい曲が量産されちゃうってだけの話で。でも音源の聴き方が円盤から配信に変わる中で、これからは見かけの格好よさだけじゃない、本当にラッパーが思ったことを素直に書き溜めていく必要があると思う。リスナーは曲にお金をかけるんじゃなくて、曲に時間をかけるようになる。格好いい音楽よりも、何度でも聴きたくなる曲こそが稼ぐ曲になる。
きちんとした楽曲を作るなら、エッセイストがエッセイを書くように一曲一曲きちんと歌詞を書いていくしかない。
タイトルに書いたラインをBASIはスロウなテンポに乗せて、「これだけで十分なのに」と呟くように歌う。
このメッセージとバイブスがあっているんですよね。
BASIが本当に「自分にはこれだけあれば十分」だと思っているから、ぎちぎちに韻を踏んだりメロディアスにするんじゃなくてつぶやくように歌う。
目の前に満ち足りていない誰かがいて、それと向かい合うようにBASIが座っている。目の前の誰かが語りかけてくる。「あれも欲しいよなあ。これも羨ましい」。BASIはその人に出会った時の衝撃で、この曲を書き上げた。お金や名声はないけれど、自分には食べるものがあって聴きたい曲を聴いて、住む場所がある。
そして目の前の人を説得したいわけでもなく、「これだけで十分なのに、これだけじゃダメですか」ともらす。
自分の生活を振り返ると、私たちの世代は欲を出せと言われる世代だった。親世代が経済の波に乗って、家族を守るために、マイカーを買うために、マイホームを作るために、身を粉にして働いてきた世代だった。勉強して、働いて、欲しいものを手にいれる。それこそが人生の目標で、目指すべきことだと。とにかく勝つことが大事だと。
けれど私たちは親世代が経験してきたような貧困や激流の中にある日本を知らない。生まれた時から親世代が生活を整えてきたおかげで、困窮しきった生活を経験してきてないし、それなりに満たされてきた世代だった。それにドラマなどで耳にタコができるほど、多くを欲しがったものは結局損をする、という趣旨の説教を受けてきたのだ。それは親世代への大量消費時代に対するメッセージだったと思うが、私たち世代はそのメッセージを素直に受け取った。
だから何かを強烈に羨ましがったり欲しがったりすることがなかった。その結果、テレビでは欲のない悟り世代だと括られた。
BASIの目の前に座っていたのは親世代の人たちの助言だったのかもしれないし、社会の目だったのかもしれないし、年上の先輩だったのかもしれない。
彼らに反抗するでもなく、その圧力に飲まれることもなく、自分の生活の上に立って、彼らの際限ない欲望に対して「この世界バイブス次第でパラダイスです」とアンサーする。このアンサーに今の若者の考えに通底するものがある。どれだけ足りないものがあったとしても、自分の考え方次第で世界はよく見える、と。
最後にこの曲を聴いてみてください。
2020年5月7日追記
好きなラッパーの一人である漢さんが大麻取締法違反で現行犯逮捕されました。
この記事はGW中に書いた記事だったのですが、大麻はやっぱりリアルじゃない。所持のみなのか常用者なのか事情がわからないのでコメントはしにくいですが、常用者なら一人のリスナーとして残念です。
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