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創作によって命を救われるということ【数分間のエールを】

 死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。

太宰治 葉

人生を何年かやっていると、ふとした拍子に「死んだほうがマシだなぁ」と思う瞬間が訪れる、そんな経験があると思います。死ぬのは大げさにしても、何か大きな壁に直面して、今の自分ではどうすることもできず、どうしたらいいのか分からず呆然としてしまう、それも往々にしてありがちな経験だと思います。

自分の力だけではどうすることもできず、そうは言っても現状をなんとかしたいと思いつつ、もがき、苦しみ、布団にくるまり、床を蹴り、枕に声にならない叫びをぶつけ、そうしたことで何が変わるわけではないと頭で理解してはいるものの、それでも現実逃避をして、そのまま寝てしまって、朝になって目が覚めて、いっそ目を覚まさなきゃこんな思いをしなくて済むのにと気を落とし、そもそも普通に寝ている自分にも嫌気が差す。シチュエーションは異なろうと、こういう経験は誰しもあると信じています。

「そんな時、何気なく聞いていたラジオで流れた曲に元気をもらいました」
「気を落としていた私に先輩がかけてくれた言葉に救われました」
「好きなアニメの第二期制作が発表されて死んでる場合じゃなくなりました」

人間は、ふとしたきっかけで死にたくもなれば生きたくもなる、実に都合の良い生き物です。私だってそうです。人間が死にたくなる時、生きる気にさせてくれるのはいつだって自分の外にある何かです。家族、知人、好きな俳優、好きなキャラ、好きな作品、好きなアーティスト……絶望の淵に立たされている自分を救ってくれるのは、得てしてそういう外野の力です。まぁ、逆もありますが、それは置いておきましょう。

私が社会人になって数年が経った頃、死にそうになっていた私を救ってくれたのは『プロメア』というアニメ映画でした。

TRIGGERらしい力強い作品で、何も考える余力がない私でもそのゴリ押しのようなパワーに圧倒され、死にたい私は一気に元気になってしまいました。元気にさせられてしまいました。プロメアに出会えていなければ私は死んでいたかもしれません。しぶとく生き残っているかもしれません。

最近、私がプロメアを観た時と同じような感覚になった作品に出会いました。『数分間のエールを』という作品です。

MV作りが趣味の男子高校生と、美大を目指す男友達と、夢を諦めた女教師。創作というひとつのテーマを軸に三者三様(+α)の見え方を見せてくれる、とても力強い作品です。

作中で主人公は若さゆえに先生に解釈違いを起こさせてしまいます。何故そうなってしまったのか訳もわからず呆然としていた時、主人公の感性を肯定してくれる人が現れます。創作とは得てして否定も肯定もされる物なのです。

人によって欲しい言葉は変わります。よかれと思って投げかけた言葉が、かえってその人の死を早めることだってあり得てしまいます。かと思えば、人によっては死ぬほど感謝される、なんてこともあり得ます。コミュニケーションとはかくも難しい。

「俺はどうしようもないダメ人間で死んだほうがマシだ」。そう思う瞬間は誰しもに訪れるものだと思います。それでも「そんなお前でもいいじゃんよ。とりあえずもうちょっとやってみて、それでもダメならその時はその時考えてみようや」と雑にパワフルに背中を押してくれる作品です。とてもオススメです。死ぬ予定がある人は、とりあえずこれを観てから死んでください。

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