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酒に弱い私が 酒に強く想うこと

アルコールに弱い私が乾杯を語るって、そもそもエピソードの数が少ないので無理か?と思っていたが、それ故鮮明に覚えていることが結構あった。
楽しく飲む機会がめっきり減った昨今だからこそ、今一度 自分にとって酒とはなんたるかを考え直してみたい。

これは体調不良?

初めての飲酒は家族で外食に行った時。
スペイン料理のお店で、飲みやすいとウワサのサングリアなるものを頂いた。

恐る恐る…チビっと…飲んでみたところ……果物の味。
そこそこ美味しいのはわかったが、それとは別に何かが舌に残る感覚がするのが気になった。苦味とは違う、これまでにない違和感だった。

しかし決して悪くはないので、どんどん飲み進めていく。料理もとても美味しかったので食べては飲んで、食べては飲んでを繰り返した。
と、その時。
頬が熱くなっていくのを感じた。加えて少しフラフラする。嫌な予感がした私はとっさに前髪を上げて額に掌を当てる。

熱だ。

楽しい外食で、まさかの体調不良である。せっかく家族全員が揃える珍しい機会なのに台無しだ。
それでも、そのままでいるのが辛いので正直に熱っぽいことを伝えると

「え、酔ったんじゃない?ほら顔真っ赤だよ!お酒弱いんだね」

と言われた。
「酔う」ってこういうことなのか?風邪をひいた時と同じじゃないか。
大人は好き好んで酔うためにお酒を飲むと聞いていたが、こんなののどこが良いのか。本気で理解に苦しんだ。
その後、個人的に特大サイズの水をもらい、サングリアの数倍の量を一気に飲み干した。しばらくして顔の火照りはなくなり、体調もいつもどおりに戻った。

それからも、大学の友人や先輩と飲み会に行っては同席者の顔色を伺いつつ一応酒を頼むものの、やっぱり全然楽しくない。
アルコールの魅力にいまいち理解を示せないまま、1年以上が経過した。

目から鱗

音楽系の大学に通っていたため、定期的に催される学内発表会なるものに出演していた。

そのとある回で、私は裏方の担当になる。日時の決定、会場の手配…慣れない作業にぽろぽろミスを出したりしつつもなんとかやり抜き、本番も無事終演した。

単なる演者であればそこからすぐに打ち上げ会場に移動するものだが、立場上他の業務もあったので少し遅れることに。6月ごろの湿っぽい時期なので汗にまみれながら校内を駆け回り、諸々の事務手続きを終わらせていった。

全てをやり遂げた私は、楽器に衣装、普段の鞄と目を見張るような大荷物を抱えて会場の居酒屋へ向かう。他の出演者は既に皆着席しており、飲み物を注文する流れになっていた。

皆が頼む流れで、便宜上、ビールを頼む。最初の乾杯さえ終われば放置していたって構わないんだから…と、飲む気なんてさらさらないと言わんばかりの気持ちでドリンクが来るのを待った。

程なくして人数分のビールが来る。長テーブルだったのでジョッキリレーが行われ、全員の手に飲み物が渡ったのを確認して、

乾杯が行われた。

一口だけ…と、ゆっくり口をつけて飲んだその時、信じられないことが起こった。

酒が美味いのだ。

体が、隅々まで、恵みの雨を受ける砂漠の如く流れ込んでいくビールを受け入れていく。これまでにない感覚に若干戸惑いを感じつつも、傾けたジョッキはそのままに長い長い一口が続いていった。

流石にイッキとはいかなかったが、その半分ほどを一回で流し込んだ。その直後、CMで見た「プハー!」を生まれて初めてやったのを忘れない。

いつの間にか自分の舌は大人になっていたのだと気づいた。ビール特有の苦味なんて全く気にならない。すぐに最初の一杯を飲み終えた私は、続いてチューハイ、スピリッツと注文を重ねていった。

ちなみに、その後酔わなかったのか?というと、普通に酔った。
しかし、裏方業務の重責や演奏の緊張から解き放たれたその時は、身体中が熱くなるその感覚がむしろ歓びに感じられた。

美味しい酒を交わしつつ、他の参加者と あの曲が良かった、アンコールはもっとこうしたかった、なんて当日を振り返る。私は今、実に音楽家らしい飲みの席を楽しんでいる!と愉悦に浸っていた。

あの感動をもう一度

私はもう大人なのだ。だからスピリッツを買う。どこのものか悩んだら…安心のメイドインジャパンだ

なんて誰に言うでもないことをだらだら頭の中で流しつつ、本当に個人で飲むための酒を買うようになった。ひとまずはいろいろな種類を知ってみたいと考え、有名ウィスキーのベビーボトルを何本か購入。意気揚々とうちに帰った。

そしてその日の夜。
緩衝材を丁寧に剥がして、厳選したボトルをテーブルに並べ、ニンマリとする。父が持っていた専用グラスを拝借し、今日のお供と決めたウィスキーをゆっくり注いだ。ふわりと香るフレーバーに胸を高鳴らせ、ついに、自分で選んだ酒を飲む。

美味い。

確かに美味い。しかし何かが違う。あの打ち上げの時に感じた、心が弾けるような快感が湧き上がってこないのだ。
続けて何度か口に含むものの、やっぱり美味い以上の感想が生まれない。
両親に「どう?」と聞かれ、反射的に「おいしいよ」と答えたが、どこか釈然としない時間が続き、結局その日は一杯だけ飲んでそそくさと片付けた。当然この時も酔ったものの、そんな雰囲気で話すには空気が普段すぎたため、顔を赤らめたまま閉口していた。

それからも何日かおきに棚から引っ張り出しては飲んではみたが、何度試してもあの時と同じ感動が感じられることはなかった。

確信

一人で飲むための酒は、買わなくなった。しかしリカーショップでバイトをしたりして変に研鑽を積んだりしたこともあり、「酒を飲む」機会自体は少し増えた。

そこで思い返してみる。自分が「酒を飲むっていいなぁ!」と思う瞬間を。

演奏会や実技試験が終わった後の打ち上げはもちろん

バイトが終わった後の、お客さんにもらったワインを囲む会も良かった

あと、年末年始に行う家族でのパーティーもそうだった…


頭の中で全てが繋がった。

私が酒に魅力を感じる瞬間

そこには、ねぎらいや団欒の要素があることに気づいた。

共に頑張った人たちと「お疲れ様」と杯を交わす、そんな時にこそ私は酒を欲し、乾杯を欲するのである。
これをよくよく紐解いていくと、根底には酒の弱さがあるように感じる。

酔うのが早いし、量も飲めない。しかし、酒自体は好き(実に面倒くさい)。つまり、一回一回の酒の席が非常に貴重なものになるのだ。
酒に酔った後は基本的に、考えたり、手先を使う必要がある作業はできないため、クオリティが求められる作業は先に終わらせておかなければならない。

そのため、その日1日でやると決めたことは基本完遂しておかなければならず、そこを頑張ったご褒美として自分に酔う事を許可しているのである。
また、酔って気分が高揚したとしても、その空間を共有できる人がいないと着地点が見つけられず、これまた酒を飲む意味を見失う。
結局一緒に飲む友人知人が必要になってくるわけだ。

今を見つめる

ここまでがわかったところで、今の状況を見るとどうだろう。
外出自粛というやるべきことは到底達成の目処が立っておらず、
密な状態を避けるために人との団欒には積極的になれない。

不要不急の外出を控えるムードになってからというもの、何度か飲食店での飲み会に誘われたことがあったが、全てお断りした。私一人の体ではないし、外出によって他の方まで巻き込んでしまうのでは…と考えると、どうしても前向きにはなれなかったからだ。

それではもう当分飲めないのか?と考えた時に一つ方法があることに気づく。それが、昨今話題のリモート飲み会だ。

実はこれまでに何度か参加したことがあるのだが、思った以上に楽しめる。
つまみや飲み物はお店に行けば基本なんでも揃えられるし、お店の時間制限や会計の煩わしさもない。
今まで参加したものは訳あって全て日中だったので まだオンライン上で酒を飲んだことはないのだが、例えば夜、その日のToDoが全て達成できた状態なら…自分にそれくらいのご褒美は与えても良いのではないかと考えている。

先のこと

ところで、アカウント名は失念したが以前Twitterでこんな投稿を見つけた。

このコロナ騒動が終わったら、世界中の人と一緒に飲み会をしたい

これには激しく、激しく同意である。この企画の実行委員会ができたら立候補する。英語はからっきしなので国内担当希望で。

できるようになった折には、地球上の大陸という大陸に橋をかけて、どこへでも行けるようにしよう。そうすればロシアでウォッカ、メキシコでテキーラ、中国では紹興酒を飲める。酔い潰れて、一人未開の地で迷子になるなんてことだけはないよう気をつけたい。

前述の通り、オンラインでの飲み会も良い。が、やっぱりどうしてもこうしてもリアルの席で、皆とその空間を共有する楽しみを味わいたいという気持ちが今も変わらずあるのが本音である。
画面越しにカンやビンを掲げて近況報告をし合うイマドキの会合は、私にとってはあくまで小休止だ。この先にきっとあると信じているグランドフィナーレを迎えたその時、手に持っているのはジョッキであり、語り合うのはこれから明るくしていく未来のことだろう。

収束する日がいつかなんてどこの誰もが知らないが、今できる対策を徹底的に行なって、1分でも、1秒でもその期間を縮めてしまいたい。
そうして、「あの時は大変だったね」と笑顔で杯を交わすのである。

みんなで、また乾杯しよう。

イラスト、文:Shino


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