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学校、行かなくていいよ

『学校、行かなくていいよ。』
たったその一言が言えませんでした。

私はもともと生真面目な性格で、「これくらい大丈夫」みたいなグレー部分が少なかったのです。

なので
『学校は行くもの』
そう言う意識がとても強かったのです。
また、子供の頃から病弱で幼稚園へは全く通えず、小学校も低学年の頃はほとんど行っておらず、体育の授業も学習発表会も遠足も、記憶にないほど酸化していません。
なので「元気で学校へ行けるって羨ましい!」という思いがとても強かったんですよね。

なので、「学校へ行きたくない。」と言う子に
『なに言ってるの?体調悪いわけじゃないのに休んだらダメだよ、行きなさいね!』
って.嫌な顔したり無理に行かせていたりしたの。

内申に響くから…
保健室でもいいから…
そう言って送り出した事も何度かある。

なぜ子供が学校へ行きたくないと言っているのか?

その背景を知りつつも、そんなふうに言っていた自分に今なら説教の嵐。

当時の私は、'〜ねば〜べき'と言う呪縛に囚われて、大切なことをどこかに置いてきてしまっていました。

辛かった5年間,。
本人が1番辛かった時期。
もがいてもがいてもがいて。
親の私は支えることができなかった。

大切なことは失うまでわからないものなのだとしたら、失う前に気づけたのは救い。

長いトンネルのような5年間は
今の子供があるために
今に私があるために
とても必要な期間だったのだと思う。

今なら『行かなくたっていいよ』とさらって言える。

行かなくても、何も起こらない。
恐れてることは何も。


それは経験したから、言える事。
結果がわからないから不安なのは、当たり前のこと。

誰かだったり何かに受け止めてほしいし、背中を押してもらいたい。

私にとってはそれが運命学でした。
運命学を通じて、子供は大丈夫と確信できたから。
自分の心のあり方を学べたから。
師匠の存在は感謝しても仕切れないし、とても大きいです。

抜けないトンネルはありません。
まずは自分を苦しい思いから解放してあげませんか?

最後までお読みくださりありがとうございました。

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