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焦れったい夏の日。長岡で「天空のパレード」を見ようと、おぼろげな約束をした

本稿は3年前に公開したものに加筆修正を行い再公開しています

焦れったい夏だった。

「ねえねえ。長岡の花火がすごく綺麗なんだって。大きな花火、見たいって言ってたよね。次の夏が来たら行ってみよう?」

行きつけの居酒屋で、ビールジョッキを傾ける彼がそう言った。月日がぐるりと回らないとやってこない遠い夏を目がけて、すぐ隣にいる彼がそう言った。

「すごい。いいね、いいね。できたら、大曲の花火にも行きたいな」

嬉しさに、つい声が高くなる。彼をまねて、ビールジョッキを傾けて生ぬるいビールを飲み干した。

「大曲……秋田県、だっけ。いいね。いつか行こう行こう」

当時、学生同士だった私たち。新潟も秋田も、行く先々はアドベンチャーだったから。“いつか”の条件付きで、ゆるい約束を交わした。


長岡花火の話が出たのは、その夏、私たちが隅田川の河川敷で花火を見たからだった。

「花火、綺麗だねえ」
「ほんとね。ねえ、夏って最高だと思わない?」
「うん、最高。俺は冬派だけど、最高」
「なにそれ。そういうときは、素直に夏派だって言ったらいいと思うよ?」

山の日生まれの私と、クリスマスイブ生まれの彼。
真夏派の私と、真冬派の彼。

極端なくらいになにもかもが反対だった私たちは、お互いへの興味が止まらず、どこからエネルギーが湧いてくるのかわからないくらいにどうでも良いことをたくさん話した。

「旅は、飛行機派か鈍行列車派」かと語り、「会社は、スタートアップ派か大企業派」かと語り、「ビールには、冷やしトマト派か枝豆派」かと語った。だいたい、意見はいつも割れて、どちらだって良いのにすぐ言い合った。

旅の交通手段も、勤めたい会社の規模も、なんにも一致しなかった。けれどなぜか、ビールのおつまみだけは喧嘩にならなかった。ふたりともが、お互いの意見に賛同してしまったからだ。

「ビールには、枝豆と冷やしトマトが至極」
これが、いつしかふたりの鉄板になっていた。


「ねえねえ、長岡の花火ってどのくらい大きいのかな。このくらい?」
両手をめいっぱいに広げて、ビールを飲み干したばかりの彼の目を覗き込む。

「さあ、どうだろうね? 一緒に行ったときに、確かめてみようね」

花火に心躍る私のことを、ほおづえをつきながら眺めていた。
手元には、2杯のビールと、冷やしトマトと枝豆。私たちのとっておきが卓には並んでいた。


月日がぐるりぐるりと回ってやってきた遠い夏の日、長岡花火を見た。

ドンッッッという強烈な音が舞い、天からは光が魔法のごとく降り注ぐ。私はそれに「天空のパレード」と名前を付けた。

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両手をめいっぱいに広げても、目玉を右から左へキョロキョロ動かしても、どうにもこうにも収まりきらないほどの大きさ。あのときの予想は大きく外れた。

でも、隣に彼はいなかった。月日がめぐって夏を迎えるより先に、私たちは別れることを選んだから。“いつか”のゆるい約束は果たせないまま、私は夏の日に、長岡花火を見た。


数日後の夜。東京で、ひとり、行きつけの居酒屋に入った。

右手にはいつもどおりのビールジョッキ。それと、枝豆。あの日見た花火のことを思い出しながら、生ぬるいビールを飲み干した。

「長岡花火を見に行ったよ」と、メッセージを送信する手を止める。無言で、LINEアプリをスワイプして飛ばした。

今年も、夏は、焦れったい。

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